家庭の味は、生活の歴史
アナン邸の店主・バラッツさんが、さまざまな分野で活躍するゲストを迎え、スパイスを「窓」にその世界の奥深さや共通点を探るこのコーナー。第4回は、京都の老舗日本茶専門店、一保堂茶舗の広報担当である足利文子さんにお話を聞きました。
バラッツまずは一保堂さんについて、簡単にご紹介いただけますか?
足利一保堂茶舗は1717年創業の日本茶専門店です。抹茶、玉露、煎茶、番茶の4種類、約30銘柄を常時取り扱っています。ただ、ひとつの銘柄がひとつの茶畑のお茶というわけではなく、複数のお茶を組み合わせる「合組(ごうぐみ)」によって、年ごとに変わる茶葉の味わいを、各銘柄の“変わらない味”に仕立てています。私たち茶商にとって、合組はいわば味づくりの根幹。その意味で、先日バラッツさんに弊社の若柳とほうじ茶を使ったチャイのレシピ開発をお願いしたときも、お茶の味わいを生かしながら、そこに膨らみを持たせる味の作り方に、「組み合わせる」プロの技を感じました。
バラッツ今回のコラボチャイでは、お茶そのものの美味しさを引き立たせるために、通常のチャイとは少し装いを変えてみたんです。ほうじ茶チャイには、深みや香ばしさを引き立たせるクミンを。若柳のチャイにはコリアンダーやレモングラスを使い、爽やかさを際立たせながら、独特の淡い緑色も残して仕上げました。組み合わせ次第で1+1が2以上になるという点は、スパイスとお茶に共通する面白さかもしれませんね。
足利まさにそうですね。そして日本茶の場合、湯温やわずかな時間の違いで味わいは大きく変わります。生産者が丁寧に育てた茶葉が、合組によって一保堂の味となり、最後にお客様の手元でそれぞれの家庭の味となる。何気ない家庭の味も、人々の生活の歴史そのもの。その歴史に寄り添いながら、これまで続いてきた線をその先へとつないでいくことが、私たちにとって「定番であり続ける」ということなのだと思っています。
バラッツインドは「混沌と書いてインドと読む」と比喩されるほど、多種多様な人々や価値観が入り混じる国です。でもその中で、人々は皆チャイを飲み、それぞれの家庭の味を持つ。生活の一部であるチャイを掘り下げれば、人々の暮らしや歴史が見え、ひいてはインドという混沌の中に、ひとつの形が浮かび上がってくるのではないか。そんな「チャイの哲学展」をいつかやってみたいなと思っています。
足利日常の一部という意味では、お茶もまさにそうですよね。最近は、時代の変化とともに急須がない家庭も増えています。もちろん急須を持つ人が増えてほしいとも思う一方で、ティーバッグやチャイなど、従来のあり方に縛られないアプローチも取り入れることで、より多くの人のお茶の時間に寄り添っていきたいです。変わらぬ味を届け続けるとは、自分たちが進化し続けるということでもありますから。
バラッツ私にはチャイの師匠がいるのですが、20年ほど前に彼を訪ねたとき、「美味しいチャイを飲みに行こう」とバイクの後ろに乗せられ、向かった先は見知らぬ人の家。そこで、もてなしのチャイを飲みながら1時間ほどおしゃべりをして、「次はあそこが美味しい」と、また別の家へ。それを5軒ほど繰り返した後、最後に連れて行ってくれたのが、なんとピザハットだったんです。固定観念に縛られず、そこで出される機械淹れの甘いストレートティーさえもひとつのチャイとして楽しむ彼の自由さは、今の私のチャイ観の原点になっていますね。
足利見知らぬ人の家からピザハットまで、さすがバラッツさんの師匠です(笑)
足利文子AYAKO ASHIKAGA
一保堂茶舗の広報担当。SNSやイベントなど、さまざまな活動を通してお茶の魅力を日々発信し続けている。好きなことは、身体を動かすこと、旅行、食べ歩き飲み歩き。
メタ・バラッツBHARAT MEHTA
鎌倉は極楽寺のスパイス商。アナン㈱3代目。スパイスを使った商品開発やオリジナルブレンドの考案、料理教室の開催など幅広く活動。著書に『バラッツ流!絶品スパイスカレー』、共著に『インドよ!』『東京スパイス番長のスパイスカレー』など。

