第4部 ふかめる 4.7

カレールゥ誕生物語 — 湯に溶かすだけ、という発明

カレー粉から固形ルウへ。日本独自の発明が、カレーを毎週の食卓に変えた。

図版ヒーロー画像(横長・食卓やスパイスの寄り)

カレーが日本の家庭に根づいたのは、ある一つの発明が大きかったと言われます。それは「湯に溶かすだけ」で味が決まる固形のカレールウ。スパイスを一つずつ量って炒める手間も、とろみをつける技術もいらない。鍋の湯に割り入れて溶かせば、家庭の台所でいつもの味が再現できる——この手軽さこそが、カレーを「特別な日のごちそう」から「毎週の食卓」へと押し上げたのです。本記事は通史ではなく、日本のカレー・スパイス史のなかでも「固形ルウという発明」そのものに光を当てて読み解きます。

カレー粉という、最初の「混ぜる発明」

固形ルウの話をする前に、その前提となった発明があります。カレー粉です。インドでは料理ごとにスパイスを使い分け、その都度組み合わせるのが当たり前でした。それを「あらかじめ混ぜて瓶に詰めた」のが英国のカレー粉だと言われます。言いかえれば、「一つずつ加えるはずのスパイスを、先に混ぜておいたものがカレー粉」。一回ごとの調合という工程を、商品の側に肩代わりさせた最初の一手だったわけです。

このカレー粉が英国海軍を経て日本に伝わり、やがて家庭料理へと広がっていったとされます。小麦粉でとろみをつけ、ご飯にかける——日本独自の「カレーライス」の輪郭は、この時点でおおよそ描かれていました。

瓶詰めのカレー粉。複数のスパイスを一つに混ぜた最初の発明。
瓶詰めのカレー粉。複数のスパイスを一つに混ぜた最初の発明。

固形ルウ——日本で生まれた「もう一段の凝縮」

カレー粉が「スパイスの調合」をまとめたものなら、固形ルウはそのさらに先へ進んだ発明だと言われます。スパイスだけでなく、とろみのもとになる小麦粉、コクを出す油脂、そしてうま味の調味料までを一体に練り込み、冷やして固める。料理人が鍋の前で順番に積み上げていた要素を、ひとかけらの中にすべて閉じ込めてしまったのです。

湯に溶かすだけで小麦粉と油脂のとろみが立ち上がり、スパイスとうま味が同時に広がる。この「固める」という発想は日本で形になったものとされ、家庭でカレーが当たり前になった大きな理由のひとつに数えられます。カレー粉が英国の発明なら、固形ルウは日本の発明と言ってよいでしょう。

完成品があるから、派生が生まれる

便利な完成形ができると、人はそこから新しいものを生み出していきます。1923年の関東大震災の後にカレーパンが生まれたと言われるのも、その一例です。カレーという味の土台がすでに広く知られていたからこそ、パンに包むという発想が成り立った。土台があって初めて、新作が生まれる——完成形は終着点ではなく、次の創作の出発点になるのです。

固形ルウもまったく同じです。「溶かすだけ」という到達点があるからこそ、そこに野菜を足し、隠し味を加え、二種類のルウをブレンドする——家庭ごとの工夫が無数に枝分かれしていきました。完成品は人の手間を奪うのではなく、むしろ新しい遊びの余地を開いたのです。

固形ルウから広がるアレンジ。完成形は創作の出発点になる。
固形ルウから広がるアレンジ。完成形は創作の出発点になる。

便利なものを否定する必要なんてないんです。固形ルウは本当によくできた発明で、毎日の食卓を支えてきた。ただね、その便利さに慣れた人が「自分でも混ぜてみようかな」と思った瞬間に、世界がもう一段広がる。完成品の安心と、自分で作る自由は、どちらかを選ぶものじゃない。両方持っていていいんですよ。

メタ・バラッツ(アナン 監修)

まとめ

  • カレー粉=最初の発明。一つずつ使うスパイスを、先に混ぜて商品にしたのが英国のカレー粉だと言われる。
  • 固形ルウ=もう一段の凝縮。スパイス・小麦粉・油脂・うま味を一体に固めた、日本独自の発明とされる。
  • 完成品は出発点。土台があるからカレーパンのような派生が生まれる。便利さは創作を奪わない。
  • 二つは両立する。「溶かすだけ」の安心と「自分で作る」自由は、どちらも手元に置いていい。次の一歩は市販カレー粉からの卒業から。