第4部 ふかめる 4.34
バラッツの産地紀行
ラカドンのターメリック、マダガスカルのバニラ、ネパールのティムール。産地を歩く紀行。

スパイスを「棚に並んだ瓶」だと思っているうちは、香りの半分しか味わえていません。一袋のターメリックの向こうには、それを育てた畑と、土をかき混ぜる手と、家族の暮らしがあります。この記事では、アナンのメタ・バラッツが実際に歩いた産地——インドの故郷から、マダガスカルのバニラ農園、北東インドの幻のターメリックまで——をたどり、「産地を旅する」とはどういうことかを、一次体験の言葉でお伝えします。答えを先に言えば、産地紀行とは「作り手に会いに行くこと」。そこで見たものが、そのままスパイスの香りの厚みになります。
なぜ「産地に行く」のか
スパイスは、買おうと思えば市場でいくらでも手に入ります。それでもバラッツが何度も飛行機に乗り、船に揺られ、砂漠を越えて産地へ向かうのには理由があります。
それは、スパイスが「商品」である前に「誰かの人生」だからです。畑に立てば、その年の雨の多さ、土の色、収穫の手間、作り手がどんな顔で働いているかが見えます。受粉のしかた、乾燥のさせ方、選別のていねいさ——香りの良し悪しを決めているのは、店頭ではなく、ずっと手前の現場です。
産地紀行は、単なる買い付け旅行ではありません。バラッツにとってそれは、産地を訪ね、作り手と会い、その土地の文化ごとスパイスを受け取る営みです。会って、握手して、同じ食卓を囲む。そうして初めて、一袋のスパイスが「物語を持った香り」に変わります。
「産地を訪ね、作り手と会い、文化ごと伝える。それがスパイスの売り方だと思っているんです。」 — メタ・バラッツ
ルーツは、海から始まった
バラッツの旅の原点は、自分自身の家族史にあります。アナンという会社のずっと手前、まだスパイスもカレーもない時代の話です。
祖父の漁船 — 1954年、グジャラートの港町ベラバル
アナンの源流をたどると、西インド・グジャラート州の港町ベラバル(ヴェラヴァル)にたどり着きます。1954年、バラッツの祖父バブバイは、この町で漁船を4隻買いました。 まだ若い青年だった祖父が、海に希望を見つけ、漁業を興した——それがアナンに連なる家族の物語の出発点です。
なぜ漁業の話が、スパイス会社の原点なのか。それは、漁が「食を支える仕事」だったからです。海から得たもので家族と地域の食を支え、菜食の文化が根づく土地で暮らしを成り立たせていく。「食で人を支える」という姿勢は、船から始まり、三代を経て今のアナンへとつながっています。バラッツが産地で作り手に会うとき、彼が見ているのは、きっとこの祖父の姿の延長線上にあるものです。
故郷グジャラート、そしてスーラットへ
バラッツ自身は西インドの出身です。ラジャスタンやグジャラートといった土地は、彼にとって「故郷」であり、産地紀行への関心の根っこでもあります。父方のルーツをたどってグジャラート州スーラットを巡る旅は、まさに自分がどこから来たのかを確かめる紀行でした。
おもしろいのは、彼にとってインドが決して「遠い異国」ではないこと。4年ぶりに訪れたグジャラートを、まるで「大阪に行く感覚」と語る——それくらい、産地は生活の延長線上にあります。観光ではなく、帰省に近い。だからこそ見える、暮らしの中のスパイスがあります。
海を越えて — マダガスカルのバニラを探す
産地紀行は、インド国内にとどまりません。バラッツは、はるばるマダガスカルまでバニラを探しに行きました。
マダガスカルは、アフリカ大陸の東に浮かぶ大きな島。その東海岸は、バニラ・クローブ・シナモンが育つ「スパイスアイランド」です。バラッツが向かったのは、このバニラの一大産地でした。
現地で目にしたのは、バニラがいかに手間のかたまりであるかという事実です。バニラの花は、放っておいては実を結びません。一輪ずつ、人の手で受粉させる。実ったさやは、そこからさらに長い発酵と乾燥の工程を経て、ようやくあの甘い香りをまといます。市場で「バニラビーンズ」として一本のさやを手に取るとき、その裏には、受粉から乾燥までの膨大な人の手が隠れています。「結べるバニラビーンズ」——しなやかに結べるほど良く仕上がったさやは、現場のていねいな仕事の証なのです。
産地に立って初めて、バラッツは「なぜ良いバニラは高いのか」を体で理解しました。値段の向こうにある手間を知ること。それも、産地紀行が教えてくれる大切な学びです。
北東インドの「幻のターメリック」
もう一つ、バラッツの紀行を象徴するのが、北東インドのターメリックを探す旅です。
向かったのは、メガラヤ州ジャンティア丘陵。ここで育つのは、ラカドン(Lakadong)と呼ばれるターメリックです。色素成分(クルクミン)の含有量が際立って高く、鮮やかな色と濃い香りで知られる、いわば「幻のターメリック」。
印象的なのは、バラッツがこの旅を「生きる橋と出会う旅」として描いていることです。ジャンティアの人々は、生きた木の根を何十年もかけて編み、川をまたぐ橋を育てます。世代をまたいで育てる橋と、世代をまたいで受け継がれるターメリックの畑。作物と暮らしと文化が一体になっている——その姿そのものが、産地紀行で受け取るべきものでした。「幻」と呼ばれるスパイスの正体は、希少さではなく、それを育てる人々の生き方の中にあったのです。
砂漠と山 — 体で覚える「土地の味」
産地紀行では、スパイスそのものだけでなく、その土地で食べた一皿、飲んだ一杯が、強烈な記憶として残ります。
- ラジャスタンの砂漠で焼いたヤギ。 大きなラジャスタン州を訪れたバラッツは、砂漠でヤギを焼いて食べるという一次体験をしました。乾いた風の中で食べる肉の味は、レシピ本のどこにも書いていません。
- 砂漠で飲んだジンジャー&カルダモンのチャイ。 生姜とカルダモンの効いたチャイを、彼は「砂漠で飲んだ」記憶とともに語ります。同じ材料のチャイでも、その一杯が忘れられないのは、土地の記憶が香りに溶けているからです。
- 南インド・ニルギリの紅茶とチョコレート。 バラッツは学生時代、3年あまりを南インドのニルギリで過ごしました。ニルギリとは「青い山」という意味。紅茶の名産地であり、避暑地ウーティ(ウッティ)では、かつてイギリス人がチョコレートを作り始めた歴史も残ります。住んで初めてわかる、その土地と食の結びつきがあります。
これらは「観光地のグルメ」ではありません。その土地に身を置いたからこそ体に刻まれた味であり、スパイスを語るときの確かな手触りになっています。
市場もまた「産地」 — チャートマサラの探求
産地紀行は、畑だけが目的地ではありません。スパイスが集まり、混ざり合う市場もまた、学びの宝庫です。
バラッツはかつて、デリーのスパイス市場に通い、自分の理想のチャートマサラ(スナックなどにかける酸味と塩味の効いた配合)を求めて探求しました。20〜30種もの配合を試し、「これが一番美味しい」と思える自分なりのチャートマサラにたどり着くまで、市場で試し続けたといいます。
市場を歩くことは、その土地で「何が、どう使われているか」を肌で知ること。畑が「香りの始まり」なら、市場は「香りが文化になる場所」です。両方を歩いて初めて、産地の全体像が見えてきます。
産地紀行の歩き方 — バラッツの旅から学ぶ4つのステップ
バラッツの旅をたどると、産地紀行には共通する「型」があることがわかります。スパイスを深く知りたい人が、その姿勢を真似できるように整理してみましょう。
- 作り手に会いに行く。 商品ではなく、人を目的地にする。誰がどんな思いで育てているかを知ることが出発点です。
- 手間を見る。 バニラの受粉、ターメリックの選別——香りの良し悪しは、現場の手間に宿ります。値段の向こう側を見る目を持ちましょう。
- その土地で食べる。 砂漠のヤギ、砂漠のチャイ、ニルギリの紅茶。土地の一皿を体に入れることが、最良の学びになります。
- 文化ごと持ち帰る。 スパイス単体ではなく、それを育てる暮らしや歴史ごと受け取る。そうして初めて、香りが物語をまといます。
応用 — 産地を「想像して」料理する
産地まで飛行機で行くのは、誰にでもできることではありません。けれど、産地紀行の視点は、日々の料理にそのまま持ち込めます。
スパイスの袋を開けるとき、「これはどこの、誰の手で育ったのだろう」と一瞬だけ想像してみる。ターメリックなら北東インドの編まれた橋を、バニラならマダガスカルの一輪ずつの受粉を、チャイならラジャスタンの乾いた風を。産地を思い浮かべるだけで、同じスパイスがぐっと立体的になります。
身近なところから「小さな産地紀行」を始めることもできます。バラッツ自身、瀬戸内の島々を自転車で巡って生産者と食材をたどったり(スパイスサイクリング)、沖縄やんばるや雲仙の畑を訪ねたりと、国内の産地にも足を運んでいます。 あなたの住む土地にも、香味野菜やハーブを育てる人がいるはずです。近くの畑を訪ね、作り手と話してみる。それも立派な産地紀行であり、スパイスの香りを一段深く味わうための第一歩です。
まとめ
- 産地紀行とは「作り手に会いに行くこと」。 スパイスは商品である前に、誰かの人生であり、文化です。
- アナンのルーツは1954年、祖父がグジャラートのベラバルで漁船4隻を買ったことに始まる。「食で人を支える」姿勢が三代に受け継がれている。
- バラッツはマダガスカルのバニラ(一輪ずつの受粉と長い乾燥)、北東インド・メガラヤの幻のターメリック「ラカドン」(生きる橋と一体の暮らし)など、海を越えて産地を歩いてきた。
- 砂漠のヤギ、砂漠のチャイ、ニルギリの紅茶——土地で食べた一皿が、スパイスを語る確かな手触りになる。畑だけでなく市場もまた学びの場(チャートマサラ20〜30種の探求)。
- 産地まで行けなくても、「これは誰がどこで育てたのか」と想像するだけで香りは立体的になる。近くの畑から「小さな産地紀行」を始められる。
次に読む
- 交易2500年通史 — スパイスが世界を旅してきた大きな歴史
- 歴史を変えた人々 — 産地と交易をめぐる人物たち
- 産地・グレード・品質の見方 — 良いスパイスを見分ける目を養う
- グジャラート — バラッツのルーツの土地と食文化
- 南インド — ニルギリを含む南の食世界

