第4部 ふかめる 4.38

レシピはオープンソース — アナンが無料公開を貫く料理文化の話

同じレシピでも作る人で味が変わる面白さ、500年前の共同窯やサンセバスチャンの美食クラブ、そしてアナンが毎週火曜にレシピを無料公開し続ける理由を、メタ・バラッツの言葉でたどります。

レシピはオープンソース — アナンが無料公開を貫く料理文化の話

「美味しくできたレシピは誰にも教えたくない」——そう考える人は多いはずです。でもアナンは8年以上、毎週火曜日にレシピを無料で公開し続けています。なぜ隠さないのか。その背景には「レシピはオープンソース」という料理文化観があります。500年前の共同窯から現代の美食の街まで、レシピを open にすると何が起こるのかをたどります。

目次6

同じレシピ・同じ材料でも、味は人によって変わる

レシピを公開しても、まったく同じ味は再現できません。代表のメタ・バラッツは、オンライン教室で参加者全員と同じ鮭と春菊のサグカレーを作ったときの経験をこう語ります。

「同じレシピ、同じ材料、同じところで買った春菊や鮭で作っても、絶対に同じ味にはならない。料理は作る人によってみんな違う味になっていく。これが機械ではできない、すごく面白いところなんです」 — メタ・バラッツ

だからレシピを公開しても、自分の味が奪われるわけではありません。むしろ作り手ごとに表現が変わっていくことこそ、料理の面白さだという考え方です。

共同窯(サンジャチュルハ)— レシピがオープンになった原点

この思想の源として、バラッツはインド・パンジャーブ州のシーク教の歴史を挙げます。約500年前、教祖グル・ナーナクが提唱したのが共同窯(サンジャチュルハ)でした。地域ごとにみんなで使えるタンドール窯を置く、という運動です。

  • 同じ窯・同じ火を使うことで、宗教や立場の違いによる差別をなくそうという狙いがあった
  • ある人はチキンを焼き、ある人は鍋でご飯を炊く。互いのやり方を見て「こんな手があるのか」と教え合う場になった
  • 家庭で眠っていたレシピや作り方がオープンになり、刺激しあってどんどん美味しくなっていった

その集大成が、いまインド料理店に必ず並ぶタンドリーチキンやバターチキンです。バラッツは、世界中のインド料理のベースがパンジャーブ発祥である理由を、この共同窯による「みんなで作り上げた味」だと見ています。

「家で作る味は家庭ではすごく美味しいと思われても、隣の人が美味しいと思うかは分からない。でも共同窯で美味しいねと言われた味は、みんなで作り上げた味だから、より大勢の人に支持される」 — メタ・バラッツ

スペイン・サンセバスチャン — 現代の「美食クラブ」

同じことが現代でも起きた例として、バラッツはスペインのサンセバスチャンを挙げます。もともと食事だけのために人が集まる街ではありませんでした。

転機は、街のレストランのシェフたちが自分の店のレシピを包み隠さず共有し始めたことです。これを美食クラブと名付けて定期的に集まり、互いの作り方を取り入れあった。その結果、街全体のシェフの腕が劇的に上がり、各店が次々に星を取り、いまや世界有数の星付きレストランが集まる美食の街になりました。共同窯と同じ「オープンにして共有する」構造です。

アナンがレシピを無料公開し続ける理由

この文化観を、バラッツは自分の実践に落とし込んでいます。

項目 内容
公開ペース 8年以上前から毎週火曜日に更新
レシピ数 400本以上
まとめた本 1冊にすると1700ページ超
価格 すべて無料(ネット上で公開)

「オープンソースにすると決めたのに、今度は1000円くれというわけにはいかない。だから全て無料で公開しようと。本にすると印刷代がかかるけれど、ネット上ならできますから」 — メタ・バラッツ

共同窯がより美味しいレシピを生み、サンセバスチャンのシェフが街を美食の街に変えたように、レシピはオープンであって、作り手によって表現が変わっていけばいい。その考えのもとで、アナンはレシピを無料で開き続けています。

まとめ

  • 同じレシピ・同じ材料でも作る人で味が変わる。だから公開しても自分の味は奪われない
  • 約500年前、グル・ナーナクの共同窯(サンジャチュルハ)でレシピがオープンになり、タンドリーチキンやバターチキンが完成した
  • サンセバスチャンの美食クラブも、シェフが店のレシピを共有しあって街全体の腕を上げた
  • アナンは8年以上、毎週火曜に400本超のレシピを無料公開。「レシピはオープンソース」を実践している

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