第1部 つくる 1.2
レシピは設計図 — 工程の地図と読み方(A/B/Cの意味)

スパイスカレーのレシピを開いて、最初に戸惑うのが「スパイスA」「スパイスB」という記号です。トマトはいつ入れる? Aは全部いっぺんに入れるの?——こうした疑問が次々わいてくるのは、料理が下手だからではありません。1皿の「工程の地図」を持っていないだけです。この記事の答えを先にいうと、レシピは料理の手順書ではなく設計図で、A・B・Cという記号は「使うタイミングごとにスパイスをまとめた束」のこと。この読み方さえ手に入れば、初めてのレシピでも全体像が見えてきます。
レシピは「手順書」ではなく「設計図」
レシピを、上から順になぞるチェックリストだと思っていると、いつまでも文字に振り回されます。アナンのレシピは、もう一段上の見方をすると一気にラクになります。カレーは骨格に肉付けしていく設計図だ、という見方です。
骨格とは、どんなカレーにも共通する工程の流れ。肉付けとは、そのカレーならではの具やスパイス。設計図として読めると、「なぜここでこれを入れるのか」が見えてきて、文字に書かれている以上のことがレシピから読み取れるようになります。
「レシピを全部その通りに作ってしまうと、なんで入れているのかがよくわからなくなってしまう。」
ここが分かれ道です。書かれた通りに正確に作ること自体は悪くありません。でも、理由を知らないまま再現するだけだと、応用が効かなくなる。「なんで油が2回に分けて出てくるんだろう?」——そう立ち止まって理由を読みにいく癖がつくと、レシピは暗記する対象ではなく、読み解く対象に変わります。
A・B・Cという記号は「タイミングの束」
では本題。多くのスパイスキット付きレシピが採用している、あの A/B/C(/D) という記号は何なのか。これは難しい暗号ではなく、スパイスを「使う段階」ごとにグループ分けしたラベルです。
いちばん基本的な形はこうです。
- A = ホールスパイス(クミンシードなど、粒のままのスパイス)
- B = パウダースパイス(ターメリック・コリアンダーなどの粉のスパイス)
- C = 仕上げ(ガラムマサラ、カスリメティ=乾燥フェヌグリークの葉、など)
つまりA・B・Cは、味の種類で分けているのではなく、料理の進行に沿った順番で分けてあるのです。Aを最初に、Bを真ん中で、Cを最後に。記号の順番がそのまま、鍋に入れていく時間の順番になっています。
キットによって中身は少しずつ違う
ここで大事な注意点。A=ホール、B=パウダーは「いちばん多い形」であって、絶対の決まりではありません。 レシピやキットによって、何をどう束ねるかは変わります。素材として確認できる実例だけでも、これだけのバリエーションがあります。
- A=ホール/B=パウダー/C=ガラムマサラ(最も基本的な三段構成)
- A=ホール/B=パウダー/C=カスリメティ/D=ガラムマサラ(仕上げをさらに2つに分けた4段)
- A・B=ホール/C・D=パウダー(ホールとパウダーをそれぞれ2束に分けた形)
- A=ナッツ+ホール/B=パウダー(カシューなどのナッツをAに同梱した形)
- A=マリネ用/B=ホール/C=仕上げ(肉や魚を下味で漬け込む工程があるレシピ)
- A・B=ベースのカレー用/C=ソース(ほうれん草ペーストなど)用(工程そのもので束を分けた形)
だから記号を覚えるのではなく、「この束は、どの工程で使うために、何が入っているのか」を毎回そのレシピで確かめるのが正解です。封筒や袋を開けたら、まず「Aは何で、いつ使うのか」を読む。これが設計図を読む最初のひと手間です。
なぜこの順番なのか — 「香りでサンドする」三段
A→B→Cと並んでいるのには、ちゃんと理由があります。乱暴にいえば、最初のホールスパイスで香りの土台をつくり、真ん中のパウダースパイスで味をつくり、最後のスパイスで香りをかぶせる——いわば料理全体を香りでサンドする構造です。
- 最初(A・ホール) — 油の中でじっくり香りを引き出す土台。
- 真ん中(B・パウダー) — 味の中心をつくるグループ。
- 仕上げ(C) — 火を止める前後に加えて、立ち上る香りをのせる。
この記事では「どの束を、どの順で」という地図の読み方までを扱います。なぜホールが先でパウダーが後なのか、火加減や「香りが立ったら次」といった炒め方の原理そのものは、技術編で深掘りします(→ 後述の「次に読む」)。まずは、レシピを開いたときに全体の流れが俯瞰できること。それがこの記事のゴールです。
「1個」も記号 — 数字の裏の意味を読む
設計図として読む目は、スパイスの記号だけでなく、分量の書き方にも向けてみてください。たとえば「玉ねぎ1個、トマト1個」。アナンのレシピでこう書かれているとき、その裏には玉ねぎ1個とトマト1個の重量はだいたい同じという前提があります。
つまり「1個」は厳密な個数ではなく、重量の目安を分かりやすく言い換えた記号なのです。ここを「重さでそろえる目安なんだな」と読めると、大きさのばらつきに振り回されず、計量で味を安定させやすくなります。レシピの数字は、暗記する数値ではなく、意図を読むためのヒントだと考えてください。
設計図を読む4ステップ
初めてのレシピを開いたら、いきなり作り始める前に、この順で「地図」を確認します。
- 束を確認する — A・B・C(・D)がそれぞれ何で、どの工程で使うのかを読む。「A=ホール」と決めつけず、そのレシピの定義を確かめる。
- 油の登場回数を数える — 油が何回出てくるかで、工程がいくつの段に分かれているかが見える。「なんでここでまた油?」という疑問は、工程の切れ目のサイン。
- 分量の記号を読み替える — 「1個」などの表記が重量の目安なのかを意識し、計量の基準をつかむ。
- 流れを声に出して俯瞰する — 「土台→味→仕上げ」の三段に、このレシピの工程を当てはめてみる。全体像が一本の線でつながれば、もう設計図は読めています。
一度読めれば、何度でも応用できる
設計図の読み方が身につくと、おもしろいことが起きます。作る回数を重ねるほど、作者の意図が透けて見えてくるのです。
「このレシピを見た時に、こうやって取り出して入れる、なんで油が2回あるんだ——そういうのが分かってくると、文字以上にレシピが分かるようになる。」
レシピは丸暗記するものではなく、制作者の意図を読み取るもの。同じ「A=ホール、B=パウダー」の骨格を持つレシピなら、牡蠣カレーでも、ほうれん草のカレーでも、魚のカレーでも、束の中身とテーマのスパイスが入れ替わるだけで、読み方は同じです。1枚の設計図を読めるようになることは、何十枚ものレシピを読めるようになることと同じなのです。
まとめ
- レシピは「手順書」ではなく設計図。骨格(共通の工程)に肉付け(具・スパイス)していく構造で読む。
- A・B・C(・D)は「使うタイミングごとにスパイスを束ねたラベル」。味の種類ではなく、進行の順番で分けてある。
- 最も基本的な形は A=ホール/B=パウダー/C=仕上げ。ただしキットによって中身は変わるので、毎回「この束は何で、いつ使うか」を確かめる。
- 並び順の意味は、ざっくり土台(ホール)→味(パウダー)→仕上げの三段。料理全体を香りでサンドする構造。
- 「1個」などの分量表記は重量の目安という記号。数字の裏の意図を読む。
- 理由を知らずに再現するだけだと応用が効かない。なぜを読む癖が、1皿の設計図を何十皿にも広げる。
次に読む
- スパイスカレーの始め方 — まず全体像から入りたい人へ
- 最初に揃える4種 — A・Bに入る基本のスパイスを揃える
- はじめての1皿 — この設計図で実際に1皿作ってみる
- すべては順番 — なぜこの順なのか、炒める順番の原理を深掘り
- スパイスは香り・味は塩 — 設計図を支える大原則
- 4つの役割=色・香り・味・辛味 — Bの束の中身を役割で理解する

