第2部 あやつる 2.8

スパイスは「香り」、味は「塩」がつくる — カレーが物足りない本当の理由

スパイスからカレーを作ると、なぜか味が物足りない——その正体は『スパイス不足』ではありません。スパイス料理を一生支える、たったひとつの原則の話。

スパイスは「香り」、味は「塩」がつくる — カレーが物足りない本当の理由

この章で分かること

スパイスからカレーを作って「なんだか味が物足りない」と感じたことはありませんか。そして、その物足りなさを埋めようと、もう一度スパイスを足したことは。

実はこの一手が、多くの人がスパイスカレーでつまずく最大の落とし穴です。この章では、スパイス料理を一生支える、たったひとつの原則をお伝えします。スパイスは「香り」であって「味」ではない。味をつくるのは塩である。 これさえ腹に落ちれば、レシピがなくても味が決められるようになります。

スパイスは「香り」である

まず、手元のスパイスの袋を開けて、鼻を近づけてみてください。何もしていなくても、ほのかに香りが立ちます。これは、スパイスの中に「エッセンシャルオイル(精油)」のような香りの成分が詰まっていて、それが自然に揮発しているからです。

そして、この香りは潰す・叩く・油で熱することで、ぐっと強く立ちます。ホールスパイスを熱した油に入れるとパチパチと弾けて香ばしくなるのも、パウダースパイスを油の中で炒めた瞬間にカレーらしい香りがふわっと広がるのも、すべて熱の力で精油を引き出しているからです。

スパイス料理とは、煎じ詰めれば「この香りを、いつ・どうやって最大限に引き出すか」を組み立てる作業です。つまりスパイスの役割は、料理に香りを与えること。ここが出発点です。

熱した油にホールスパイスを入れ、パチパチと弾かせて精油の香りを立てる。香りは油に移って料理全体に行きわたる。
熱した油にホールスパイスを入れ、パチパチと弾かせて精油の香りを立てる。香りは油に移って料理全体に行きわたる。

だから、いくら入れても「味」は決まらない

ここが肝心です。スパイスは香りなので、どれだけ入れても料理の「味」そのものは決まりません。香りは強くなりますが、塩味やうま味、コクといった「味の輪郭」は生まれないのです。

初めてスパイスからカレーを作った人が陥る失敗は、ほぼ決まっています。

  1. できあがったカレーを味見すると、香りはいいのに味が物足りない
  2. 「スパイスが足りなかったのだ」と考え、手持ちのスパイスを追加する
  3. 結果、香りばかりが増えて苦く・辛く・粉っぽくなり、味は足されないまま、ただ重たいだけのカレーになる

物足りなさの正体は、スパイス不足ではありません。塩不足です。スパイスで香りを十分に立てたら、味を決めるのは塩の仕事。香りと味を別々のものとして扱えるようになると、この負のループから抜け出せます。

左が「スパイスを足した」カレー、右が「塩を足した」カレー。見た目は似ていても、味が決まるのは右。
左が「スパイスを足した」カレー、右が「塩を足した」カレー。見た目は似ていても、味が決まるのは右。

「香りを立てる → 塩で味を決める」の順番

ここで覚えてほしいのは、味づくりには順番があるということです。

スパイス(とくにパウダースパイス)は、油の中で熱を入れて香りをしっかり立ててから、塩を加えて味を決める。この順番を守るだけで仕上がりが変わります。香りが立ちきる前に具材を入れてしまうと、香りが油に移りきらず、粉っぽくぼんやりした風味になりがちです。「香りを立てる」と「味を決める」を、ひと呼吸分けて考えてください。

味の土台ができたら、そこで一度味見をする習慣をつけましょう。「いまどのくらい塩が効いているか」「どのくらいの辛さか」を、自分の舌で確かめる。これがレシピ卒業への第一歩です。分量を覚えるのではなく、味を覚える。スパイスの分量は香りの設計、塩の分量は味の設計、と切り分けて感覚に落としていくと、やがて目分量で「いつもの味」が再現できるようになります。

アナンの教室での話。スパイスを足しても足しても味が決まらない、という相談はとても多い。でも答えはたいてい逆で、「スパイスを引いて、塩を少し足してみてください」。それだけでカレーが見違える。香りと味を混同しないこと——これが、4スパイスでも一生おいしく作り続けられる人と、棚いっぱいのスパイスを持て余す人の分かれ道です。

メタ・バラッツ(アナン 監修)

まとめ

  • スパイスは香り。潰す・熱することで香りが立つ
  • スパイスをいくら足しても味は決まらない。足しすぎは苦み・辛み・粉っぽさの原因
  • 味を決めるのは。「香りを立てる→塩で味を決める」の順番を守る
  • 分量ではなく味を覚える。それがレシピから自由になる入り口