第4部 ふかめる 4.15

ニハリの歴史 — 夜明けの滋養食、王と庶民のパワーフード

一晩煮込む滋養の一皿ニハリ。夜明けに食べる料理として生まれ、ムガルで洗練、分離とともに各地へ。

ニハリの歴史 — 夜明けの滋養食、王と庶民のパワーフード

とろけるほど柔らかい肉に、深く澄んだスパイスの汁。ニハリは一晩から数時間かけて肉を煮込む、インド・パキスタン世界を代表するスパイス煮込みです。その名は夜明けと結びつき、もともとは朝に食べる滋養食として生まれたと言われています。王の朝ごはんでもあり、働く人々のパワーフードでもあった一皿。この章では、ニハリという料理がたどってきた歴史をたどりながら、なぜこれほど長く愛されてきたのかを見ていきます。

一晩煮込まれ、骨から肉がほどけるニハリ。澄んだ汁にスパイスの層が溶け込む。
一晩煮込まれ、骨から肉がほどけるニハリ。澄んだ汁にスパイスの層が溶け込む。

夜明けの料理という名前

ニハリ(Nihari)という名前は、アラビア語で朝・夜明けを意味する「ナハール(nahar)」に由来すると言われています。その名の通り、ニハリはもともと夜明けの祈りのあとに食べる料理だったと伝えられています。前の晩から弱火でじっくりと肉を煮込み、朝になって食べる。一日の始まりに、滋養のある温かい一皿で体を満たすという発想です。

寒い朝に重く滋味深いものを食べて働きに出る——そうした暮らしのリズムのなかにニハリはありました。骨や腱まで含めてゆっくり火を通すことで、肉はとろけ、汁にはコラーゲンとスパイスの旨みが溶け出します。「朝に食べる滋養食」という出自が、ニハリの濃厚さととろみのある質感を決めているのです。

ムガル宮廷での洗練

この素朴な煮込みを、ひとつの洗練された料理へと磨き上げたのがムガル宮廷の食文化だったと言われています。ペルシアや中央アジアの影響を受けたムガルの厨房は、肉とスパイスをじっくり組み合わせる調理を得意としました。ニハリもまた、その文脈のなかで香りの層を深めていったと考えられています。

クローブ、カルダモン、シナモン、フェンネル、ジンジャーといった温かみのあるスパイスを重ね、長い時間をかけて一体化させる。表面の派手さではなく、口に含んだあとにじんわり広がる奥行きこそがニハリの真価です。宮廷料理としてのニハリがどのように育まれたかは、ムガル宮廷料理史もあわせて読むと立体的に見えてきます。

ニハリに重ねられる温かみのあるスパイス。長時間の加熱で角が取れ、ひとつの香りへ溶け合う。
ニハリに重ねられる温かみのあるスパイス。長時間の加熱で角が取れ、ひとつの香りへ溶け合う。

分離とともに各地へ

ニハリの歴史を語るうえで欠かせないのが、1947年の印パ分離です。この大きな人の移動とともに、ニハリもまた各地へと運ばれていったと言われています。料理は人とともに旅をします。デリーやラクナウで親しまれていた味は、移り住んだ先の土地で受け継がれ、その地域の好みに合わせて少しずつ姿を変えていきました。

都市ごとに濃さや辛さ、添えられる薬味が異なるのは、こうして各地に根づいた結果です。王の朝ごはんとして始まった料理が、国境を越え、庶民の食卓のパワーフードとして広く愛される存在になった。スパイスと料理が人とともに移動してきた長い歴史は、スパイス交易2500年通史とも重なります。

ニハリを食べると、僕はいつも「時間」を食べている気がするんです。一晩かけて煮込むということは、その分だけ誰かの手間と気持ちが入っているということ。派手なスパイス使いではないのに、最後まで飲み干したくなる深さがある。歴史のなかで多くの人が朝の一杯に込めてきた想いが、あの澄んだ汁に溶けているのだと思います。

メタ・バラッツ(アナン 監修)

まとめ

  • ニハリは肉を一晩〜長時間煮込むスパイス煮込みで、名前は夜明け(ナハール)に由来すると言われる。
  • もともとは朝に食べる滋養食として生まれ、王の朝ごはんでもあり庶民のパワーフードでもあった。
  • ムガル宮廷でスパイスの層が洗練され、奥行きのある香りを持つ料理へと育ったと伝えられる。
  • 1947年の印パ分離で人とともに各地へ伝播し、都市ごとに個性を持つ味として根づいた。
  • 真価は派手さではなく、長時間の弱火調理が生むとろみと、じんわり広がるスパイスの奥行きにある。