第2部 あやつる 2.18

アチャールの技法:油に香りを移して保存する

アチャールの技法:油に香りを移して保存する
目次9

油に香りを移して、保存する:それがアチャールの技法

アチャールは「漬け物」と訳されがちですが、技法の中心は漬けることではありません。油にスパイスの香りを移し、その香りの油を素材にまとわせ、最後に酸で味を締める。この三段が骨格です。少し辛く、少し酸っぱく、そしてオイリー。だから常温でも日持ちし、どんな料理にも「味変」のひとさじとして効く。ここでは作り方の技法だけを、油温・マスタードの弾け・苦味抜き・余熱という観点から順に見ていきます。

アチャールとは何か:辛・酸・油の保存系副菜

アナンでアチャールを語るとき、バラッツは「形」ではなく「性質」で説明します。インドの保存食には、油に浸かっていたり、油が多くて、酸味があるものがとても多い。少し辛くて、少し酸っぱくて、オイリー。この三つがそろったものを、ざっくりアチャールと呼んでいます。

なぜ油と酸なのか。どちらも保存のための仕掛けだからです。油は素材を空気から遮断し、酸(レモンや酢)は味のpHを動かして傷みにくくする。塩も加わって、油・酸・塩の三点で日持ちさせる。これが保存食としてのアチャールの設計です。

「油に浸かっていたり油が多くて、酸味があるものがとても多い。少し辛くて酸っぱくてオイリーなもの、というのがとても多いですね。」(メタ・バラッツ)

ここで一つ、よく出る質問があります。「ピックルとアチャールは違うんですか?」。呼び名は地域や言語で変わり、インドでは保存食をアチャールと呼ぶことが多い、という程度の違いです。技法として大事なのは名前ではなく、油に香りを移して保存するという共通の作法のほうです。

技法の中心:スパイスオイルを作る

アチャールの主役は、具ではなくです。舞茸のアチャールを作るとき、バラッツは香りを移した油をボウルに取り、こう言います。「これがスパイスオイルなんです」。この油自体が味になっていて、具はその味を吸う側にまわる。だから具は野菜でも魚介でも肉でも、何でも合います。

スパイスオイルの作り方には、ホール(種のスパイス)とパウダーで決定的な違いがあります。

ホールスパイスは「弾けさせて」香りを移す

マスタードシードのようなホールスパイスは、油に入れて熱し、パチパチと弾けるまで待ちます。弾ける音が、香りが油へ移った合図です。マスタードオイルを使うアチャールなら、油そのものの辛味と香りも重なって、より複雑な風味になります。

パウダースパイスは「油温を下げてから」入れる

ここが初心者がいちばん失敗するポイントです。パウダースパイスを高温の油に入れると、一瞬で焦げて苦くなる。だから、

「油の温度をしっかりと下げてから、スパイスと塩を入れて、スパイスのオイルを作る。」(メタ・バラッツ)

ホールを弾けさせた後はいったん火を弱める、あるいは止める。油温を下げてからパウダーを入れる。この一手間で、焦がさずに香りだけを引き出せます。

「香りが立ったら火を止める」と余熱で重ねる

香りは、立ったところがピーク。それ以上加熱すると香りは飛び、焦げに向かいます。だから合図は「少しだけ色づいてきたら火を止める、香りが立ったら火を止める」。

さらにアナンらしいのが、余熱を使うこと。火を止めても油は熱を持っているので、そこへスパイスを足せば、火をつけずに香りが移り続けます。

「火を消した状態で、余熱で今、パチパチしてから一回も火をつけてない。」(メタ・バラッツ)

冷ましながら油を重ね、香りを層にしていく。火力で押すのではなく、温度の余白で香りを育てる技法です。

甘・塩・辛のオイルに、最後に「酸」を動かす

スパイスオイルができたら、味の輪郭を作ります。アナンの組み立ては、塩・辛味・黒糖(甘味)でオイルの味を決め、素材を絡め、最後にpHを動かすという順番です。

最後の酸が効いています。レモンを入れたり、お酢を入れたりして、pHを酸性側へ動かす。これで保存性が上がり、同時に「アチャールらしさ」が立ちます。

「最後、pHを動かす。でレモンを入れたり、お酢を入れて。」(メタ・バラッツ)

酸の重みは、味の決め手でもあります。たとえばシラスを塩とレモンで締めるだけでも、ぐっとアチャールに近づく。逆に、

「酸味がないと、あんまりアチャール感がない。」(メタ・バラッツ)

辛・油・甘・塩がそろっていても、酸がなければアチャールにならない。酸味はアチャールの背骨だと覚えておくと、味がぶれません。(酸味の使い分けは → 酸味の設計 で詳しく)

素材の下ごしらえ:油を「吸わせる」ための準備

スパイスオイルが主役だということは、具の側は油をどう吸わせるかが勝負になります。素材ごとに下ごしらえの考え方が変わります。

  • 油を吸う野菜(ナスなど)は、水にさらさない。 ナスは油の吸収力が高く相性がいい食材ですが、水にさらすと吸い付きが悪くなる。油を吸わせて、いったん吐き出させる。その往復で味が入ります。
  • 大根などは塩もみして脱水し、干す。 塩もみして絞り、天日に干すと水分が飛んでコリコリした食感になり、甘みが出て油ともなじみやすくなります。
  • 柑橘は皮を湯がいて苦味を抜く。 レモンを丸ごと茹でると、皮の苦味が抜けて食べられる状態になります。大きい柑橘(ブンタンなど)は皮ごとではなく、薄く切ってから湯がくほうがよい。苦味を抜いてから油とスパイスで炒めると、皮まで使えるアチャールになります。

作り方の骨格:5つのステップ

  1. 下ごしらえ。 素材を切り、必要に応じて塩もみ・脱水・湯がきで水分や苦味を整える。
  2. ホールを弾けさせる。 油を熱し、マスタードシードなどのホールスパイスをパチパチと弾けさせて香りを油へ移す。
  3. 油温を下げてパウダーと塩を入れる。 火を弱めるか止め、油温を下げてからパウダースパイス・塩・辛味・黒糖を加え、焦がさずスパイスオイルを作る。香りが立ったら火を止める。
  4. 素材を絡める。 スパイスオイルに素材を入れ、油を吸わせる。火を止めて余熱で香りを重ねてもよい。
  5. 最後に酸を動かす。 レモンや酢でpHを動かし、味を締めて保存性を上げる。

応用:一つの作法で、いくらでも展開できる

スパイスオイルが味の本体なので、同じレシピで具を入れ替えるだけで別のアチャールになります。

  • 具の入れ替え。 ナス、きゅうり、舞茸、タコ、アサリ、ホタルイカ。野菜も魚介も同じ作法で作れます。油を吸う素材ほど相性がよい。
  • 甘辛のチャツネへ寄せる。 柑橘を甘辛く煮ればジャム状のチャツネになります。同じ「油・酸・甘・辛」の発想の延長です。
  • 酢・砂糖・塩水で漬けるアチャール。 セロリ、きゅうり、もやし、人参なども、酢・砂糖・塩の漬け液でさっぱりしたアチャールにできます。
  • 色を出さずに辛さだけ足す。 青唐辛子を使えば、赤くせずに辛さを作れる。料理の色を変えずに辛味を加えたいときに便利です。
  • 味変のひとさじとして。 できたアチャールは、それ単体で食べるだけでなく、ほかの料理に少し添えて味を変える保存系の副菜として使えます。

ホールスパイスはお好みで足してもかまいません。マスタードシードやフェヌグリークシードを加えると、香りに奥行きが出ます。

まとめ

  • アチャールは辛・酸・油の保存系副菜で、技法の中心はスパイスオイルです。
  • ホールは弾けさせ、パウダーは油温を下げてから入れます。香りが立ったら火を止めます。
  • 仕上げに酸でpHを動かします。酸味がないとアチャール感が出ません。
  • 同じ作法のまま具を入れ替えれば、野菜でも魚介でも展開できます。

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よくある質問

Q.アチャールとはどんな料理ですか?
A.少し辛くて、少し酸っぱくて、オイリーな、インドの保存系副菜です。技法の中心は漬けることではなく、油にスパイスの香りを移し、その香りの油を素材にまとわせ、最後に酸で味を締める三段の骨格にあります。油は素材を空気から遮断し、酸と塩とあわせて日持ちさせる設計なので常温でも保存でき、他の料理に添える「味変」のひとさじにもなります。
Q.アチャールとピックルの違いは何ですか?
A.呼び名が地域や言語で変わる程度の違いで、インドでは保存食をアチャールと呼ぶことが多い、というのが実際のところです。技法として大事なのは名前ではなく、油にスパイスの香りを移して保存するという共通の作法のほうです。
Q.アチャール作りでスパイスを焦がさないコツはありますか?
A.パウダースパイスは油の温度をしっかり下げてから入れることです。マスタードシードなどのホールスパイスは油で熱してパチパチ弾けさせますが、パウダーを高温の油に入れると一瞬で焦げて苦くなります。ホールを弾けさせた後は火を弱めるか止めて油温を下げ、それからパウダーと塩を加えて、香りが立ったら火を止めます。余熱で香りを重ねる方法もあります。
Q.アチャールに酸味は必要ですか?
A.必要です。辛・油・甘・塩がそろっていても、酸がなければ「アチャール感」が出ません。仕上げにレモンや酢を入れてpHを酸性側へ動かすことで、保存性が上がると同時にアチャールらしさが立ちます。シラスを塩とレモンで締めるだけでもぐっとアチャールに近づくほど、酸味はアチャールの背骨といえる要素です。
Q.アチャールの具は野菜以外でも作れますか?
A.作れます。主役は具ではなく香りを移したスパイスオイルなので、ナスやきゅうり、舞茸のほか、タコ・アサリ・ホタルイカといった魚介でも同じ作法で展開できます。油を吸う素材ほど相性がよく、たとえばナスは水にさらすと油の吸い付きが悪くなるため、さらさずに使って油を吸わせるのがコツです。
Q.レモンなど柑橘のアチャールは皮ごと使えますか?
A.使えます。ただし皮の苦味を抜く下ごしらえが必要で、レモンは丸ごと茹でると皮の苦味が抜けて食べられる状態になります。ブンタンのような大きい柑橘は皮ごとではなく、薄く切ってから湯がくほうがよいとされます。苦味を抜いてから油とスパイスで炒めれば、皮まで使えるアチャールになり、甘辛く煮ればジャム状のチャツネにも展開できます。