第2部 あやつる 2.17
生地の基礎:チャパティ・プーリーの粉・水・こね・焼き

チャパティが家でうまく焼けない——多くの人がぶつかる壁は、レシピの細かさではなく「生地」そのものです。じつはチャパティは全粒粉と水だけ、発酵もいらないインドでいちばん簡単なパン。決め手はたった2つ、粉と水の比率とこねの硬さだけです。ここを押さえれば、同じ生地から焼けばチャパティ、揚げればプーリー、と応用が一気に広がります。
まず「無発酵」を知る — 粉と水だけのいちばん古いパン
チャパティ(ロティ)は、小麦の全粒粉と水を練って、発酵させずに焼く平たいパンです。バラッツは「人類が作ってきたパンの中でも最も古いのではないか」と言います。イーストもベーキングパウダーも使わず、粉と水だけ。だからこそ作るのもすごく簡単で、毎日の食卓にのぼり続けてきました。
この「無発酵で、粉と水だけ」という性格が、生地づくりのすべての出発点になります。発酵させない以上、生地の良し悪しは粉そのものの質と加水・こねでほぼ決まる。逆に言えば、この3つさえ整えれば失敗のしようがない、というのが無発酵フラットブレッドの面白いところです。
「この小麦と水だけっていうのが、しかも発酵させてないじゃないですか。作るのもすごい簡単なんですよ。」 — メタ・バラッツ
なお、同じ「インドのパン」でもナンは別軸です。ナンはイーストで発酵させる生地で、バラッツによればペルシャの方から12世紀ごろに伝わってきたとされます。発酵生地は粉・水・こねに加えて「発酵」という変数が入るので、考え方が変わります(→発酵側は別記事へ)。この記事ではまず、発酵のいらないチャパティ・プーリーを軸に「生地の基礎」を固めます。
粉を選ぶ — アター(細挽き全粒粉)が滑らかさの理由
チャパティに使うのは「アター」と呼ばれる全粒粉です。ここが家庭でうまくいくかどうかの最初の分かれ道になります。
バラッツの説明では、アターは小麦の全粒粉なのですが、引き方が特殊で、ちょっと細かめ。一般に売られている全粒粉はもっと粗いものが多く、粗いままだと生地がゴワつき、焼き上がりも硬くなりがちです。アターは細かく挽いてあるので、生地が滑らかにまとまり、伸ばしやすく、口当たりもゴワつかない。
つまり「全粒粉ならなんでも同じ」ではありません。同じ全粒粉でも挽きの細かさで生地の表情が変わる——これがアターをわざわざ使う理由です。手に入るなら、まずアターから始めるのが近道です。
粉と水は「2対1」 — 硬さは“耳たぶ”で覚える
ここが核心です。チャパティ生地の基本比率は、バラッツによれば粉:水=2対1。粉が200gなら水は100g、という覚え方です。
ただし数字より大事なのは手の感覚。練っていくと、最初はベタついていた生地が、やがて全体がひとつにまとまって、手から小麦(粉)が取れていく——この状態が「ちょうどいい」サインです。硬さの目安はよく「耳たぶの硬さ」と言われます。柔らかすぎると伸ばすときにベタついて扱いづらく、硬すぎると伸びずに割れる。2対1を出発点に、まとまり具合を見ながら微調整します。
水分量は、加える水の種類でも変わります。バラッツのおすすめは、ただの水ではなくホエー(水切りヨーグルトなどから出る上澄み)や牛乳で練ること。「ホエーみたいなものを使って練ると、チャパティがよりおいしくなる」。コクが出て、生地もしっとりします。さらに好みで、こねる段階でギーや油を少量加えると、よりしっとりした口当たりに仕上がります。塩も同じく練る段階で少量入れておきます。
こねたら「乾かさない」 — 濡れ布巾と少しの休ませ
生地はこねて終わりではありません。無発酵生地はとにかく乾燥が大敵です。
こね上げた生地は、すぐに濡れ布巾をかけてカバーし、表面が乾かないようにします。そのまま少し寝かせて生地をなじませると、グルテンが落ち着いて伸ばしやすくなります。サモサのような硬めの生地でも、バラッツは「一生懸命こねて、濡れ布巾でカバーしておく」と同じ手順を踏みます。仕上げ後に乾燥を防ぎたいときは、表面にギーやバターを薄く塗っておくと固まりにくく、湿り気が保てます。
この「乾かさない」習慣だけで、伸ばすときの割れやひび割れがぐっと減ります。
伸ばして、直火で膨らませる — “プクプク”が合図
伸ばすときは、インドの伝統的な道具を使うと均一になります。ベラン(細い麺棒)とチャクラ(丸い台)で、中心から外へ回しながら薄く円く伸ばしていきます。
焼き方にはコツがあります。油は引きません。 フライパンをしっかり熱してから弱火に落とし、伸ばした生地をのせます。やがて表面に空気が入ってプクプク(プクッ)と膨らんでくる——これが焼けてきたサイン。ここで生地を直火にあてると、内側の蒸気で一気にふくらみます。
「だんだん空気がぷくぷくぷくぷくってなってきます。そうしたらサインですので。」 — メタ・バラッツ
膨らむのは、生地の中の水分が熱で蒸気になり、薄い2枚の層を内側から押し広げるから。だから加水とこね(生地のつながり)が整っていないと、きれいには膨らみません。焼きの成否は、じつは生地づくりの段階で半分決まっているのです。
作り方の流れ(チャパティ)
- 粉を量る。 アター(細挽き全粒粉)を用意する。粗い全粒粉しかなければゴワつきやすい点を踏まえておく。
- 水を粉の半分。 粉:水=2対1を目安に、水(またはホエー・牛乳)を少しずつ加える。好みで塩・ギー/油を少量。
- こねる。 全体がひとつにまとまり、手から粉が取れて“耳たぶの硬さ”になるまで練る。
- 休ませる。 濡れ布巾をかけて乾燥を防ぎ、少し寝かせてなじませる。
- 伸ばす。 ベランとチャクラ(なければ麺棒)で、薄く円く伸ばす。
- 焼く。 油を引かず、熱したフライパンを弱火にして焼く。表面がプクプクしてきたら直火にあてて膨らませる。
- 乾燥を防ぐ。 焼き上がりはギー/バターを薄く塗るか、布巾をかけておく。
同じ生地から広がる応用
無発酵生地の楽しさは、ひとつの生地が何にでも化けることです。
- プーリー(プリ)。 チャパティ生地を、焼かずにそのまま揚げるとプーリーになります。バラッツも「基本的に小麦粉なんですね」と言うとおり、粉から生地を作って揚げるだけ。揚げると蒸気で大きく膨らむのは、焼くときと同じ原理です。
- 具を練り込む。 味付けしてマッシュしたじゃがいもを生地に練り込んで焼けば、具入りチャパティに。生地に何かを練り込む発想は、ナン系のクルチャなどにも通じます。
- スパイスを練り込む。 サモサの硬い生地にはアジョワンシードを練り込むのが定番。アジョワンは伝統的に小麦の消化を助けるとされ、揚げ生地と相性がよいスパイスです。
- 硬さで用途を変える。 サモサのような揚げ・包む生地は、加水を抑えた硬めの生地にします(薄力・強力を1対1で合わせる作り方も)。チャパティの“耳たぶ”より硬く——用途で硬さを設計するのがポイントです。
つまり「粉・水・こね」の3変数を、比率と硬さで少しずつずらすだけで、チャパティ/プーリー/サモサ生地へと展開できる。レシピを丸暗記するより、この“軸”を持っておくほうがずっと自由になれます。
まとめ
- チャパティ(ロティ)は全粒粉と水だけ・無発酵の、いちばん簡単で古いパン。良し悪しは粉・加水・こねで決まる。
- 粉はアター(細挽き全粒粉)を。粗い全粒粉はゴワつきやすい。
- 比率は粉:水=2対1。手から粉が取れて“耳たぶの硬さ”になればOK。ホエー・牛乳で練るとコクが出る。
- こねたら濡れ布巾で乾燥を防ぎ、少し寝かせて伸ばしやすくする。
- 焼くときは油を引かず、熱したフライパンを弱火に。プクプクしてきたら直火で膨らませる。
- 同じ生地を揚げればプーリー、硬めにしてサモサ生地、具やスパイスを練り込めば応用無限。発酵させるナンは別軸。

