第4部 ふかめる 4.12
サモサの歴史 — ペルシャから来た最古のファストフード
三角の包みは中央アジア生まれと言われる。サンボサグからサモサへ、世界へ広がった最古のファストフードの旅。

三角形のかどから湯気が立ちのぼる。皮を割れば、スパイスをまとったじゃがいもの香り——インドの街角で、駅のホームで、家庭の台所で、サモサは数えきれないほど揚げられてきた。けれどこの小さな包みが「インド生まれ」だと信じている人は、その長い旅路を知らないのかもしれない。サモサは、はるか西方からシルクロードを越えてやってきた旅人だったと言われている。
名前がたどった旅——サンボサグからサモサへ
サモサの起源は、中央アジアからペルシャにかけての地域にあると言われている。かの地で「サンボサグ」と呼ばれた三角形の生地包みが、その祖先にあたるとされる。中世の文献にもこの名がたびたび登場し、宮廷の食卓や隊商の携行食として親しまれていた、という説が有力だ。
やがてこの料理は、交易路をたどって東へと運ばれていった。土地から土地へ渡るうちに、その名も少しずつ姿を変えていく。サンボサグがサンモサになり、やがてサモサへ。言葉の変化そのものが、この料理が国境をいくつも越えてきた証だと言えるだろう。香辛料を求めて人とものが行き交った道のりについては、スパイス交易2500年通史もあわせて読んでいただきたい。
インドで根づいたサモサ
交易路をたどってインド亜大陸へ伝わったサモサは、この地で大きく姿を変えたと言われている。もともとは肉やナッツを包むものだったとも伝わるが、インドの土壌で出会ったのが、ほくほくとしたじゃがいもとグリンピース、そして豊かなスパイスだった。
三角に折りたたんだ生地で具を包み、からりと揚げる——いまわたしたちが思い浮かべるサモサの姿は、こうしてインドの地で完成していったとされる。手で持ってそのまま食べられ、冷めてもおいしく、長く持ち歩ける。サモサは「最古のファストフードの一つ」とも呼ばれる。じゃがいもという具材が加わったことで、庶民の手にも届きやすい料理として広まっていったのだろう。同じように、ヨーロッパ由来の食材や調理法を取り込んで土着化していった料理として、ヴィンダルーの歴史も興味深い。
世界へ広がるサモサ
インドで完成形を得たサモサは、そこからさらに世界各地へと旅を続けた。中東では今もサンブーサクと呼ばれる近縁の料理が食べられ、東アフリカにも独自のサンブーサが根づいている。東南アジアにも形を変えたサモサが伝わったと言われている。
面白いのは、それぞれの土地で具材も大きさも、ときには形までもが変わっていったことだ。肉を入れる地域、豆を入れる地域、甘く仕立てる地域——サモサは行く先々でその土地の味を吸い込み、別の顔を持つようになった。一つの料理がこれほど広い範囲で、これほど多様に変化した例は珍しい。携帯できる手軽さこそが、サモサを世界中へと運んだ原動力だったのかもしれない。

スパイスが作るサモサの味
サモサをサモサたらしめているのは、なんといってもスパイスの香りだ。じゃがいもそのものは穏やかな味わいだが、そこにクミンの香ばしさ、コリアンダーの爽やかさ、ガラムマサラの複雑な温かみが重なることで、忘れがたい一口が生まれる。
ターメリックがほのかな黄金色と土の香りを添え、青唐辛子やしょうがが後味を引き締める。スパイスの組み合わせ方は地域や家庭によってさまざまで、同じサモサでも香りの表情はまるで違う。具を彩るこのスパイス使いこそ、ペルシャから旅してきたこの料理が、インドで真に自分のものとなった証だと言えるのではないだろうか。
サモサを食べるとき、僕はいつもこの小さな三角形がどれだけ旅をしてきたかを思います。ペルシャの隊商が運び、インドの街角で生まれ変わり、世界中に散らばっていった。形も具材も土地ごとに変わったけれど、「手で持って食べられるおいしさ」という芯はずっと変わらない。一口かじれば、長い交易路の香りがするんです。
メタ・バラッツ(アナン 監修)
まとめ
- サモサは中央アジア・ペルシャの「サンボサグ」を起源とすると言われ、交易路を通じてインドへ伝わったとされる。
- 名前はサンボサグ→サンモサ→サモサと変化し、その変遷自体が長い伝播の旅を物語っている。
- インドでじゃがいもとスパイスの具、揚げ三角の形を得て土着化し、「最古のファストフードの一つ」として広まった。
- 中東・アフリカ・東南アジアなど世界各地へ拡散し、土地ごとに具材や形を変えていった。
- クミン・コリアンダー・ガラムマサラなどのスパイスが、サモサ独特の香りと味わいを作り出している。

