第3部 くみたてる 3.12
自分のブレンドを組む
レシピを見ずに自分の配合を組む。目的→イメージ→役割→比率の順番で、ブレンドは設計できる。

スパイスを揃えて、いざ「自分の配合」を作ろうとすると、急に手が止まります。何を、どれくらい、どう重ねればいいのか。答えはシンプルです。作りたい味(テーマ)を先に決め、4つの役割に振り分け、比率で組み、香りを三段で重ねる。 レシピを覚えるのではなく、この「組み立て方」さえ身につければ、どんなカレーも自分で設計できるようになります。
「覚える」から「組み立てる」へ
スパイスカレーを難しく感じる最大の理由は、「レシピを暗記しよう」とするからです。けれどバラッツの考え方は逆で、一つひとつのスパイスを丸暗記するより、組み立て方と意図を知るほうが、ずっと自由になれるというものです。
「組み立てていく、重ねていくようにして作る。」 — メタ・バラッツ
カレーは一発で味を決める料理ではなく、足し算で重ねていく料理です。土台を置き、骨格を立て、肉付けをする。この順番で考えると、配合は「正解を当てるクイズ」ではなく「自分で設計する作業」に変わります。ここでは、その設計のステップを順番に見ていきます。
まず大前提として、4スパイスがそれぞれ色・香り・味・辛味の役割を持つこと(→ 4つの役割=色・香り・味・辛味)と、スパイスは香りであって味は塩が決めること(→ スパイスは香り・味は塩)は、設計の土台になります。本稿はその先、「では自分でどう組むか」を扱います。
ステップ0:テーマを決める — 何を作りたいのか
配合の出発点は、スパイスの種類ではなく「どんな味にしたいか」というテーマです。バラッツが新しいブレンドを組むとき、最初に置くのは具体的なスパイス名ではなく、目指す方向の言葉です。
たとえば——
- 「香ばしさと深み」を狙う。イメージは“フォーカス感”のある、輪郭のはっきりした味。
- 「爽やかさ」をテーマに据える。軽やかで、後味の抜けるような味。
- 「ブラック(黒)」という色から入り、それに合う香ばしく深いスパイスを選ぶ。
テーマは味の言葉だけでなく、情景・人・色・思いから立ててもかまいません。バラッツは「目指す色と情景を想像して組む」「贈る相手や土地を思い浮かべて組む」といった設計もします。先にゴールの像があるから、入れるスパイスが決まる。 順番が逆だと、ただの寄せ集めになります。
ステップ1:4つの役割に振り分ける
テーマが決まったら、スパイスを 色・香り・味・辛味 の4カテゴリーに振り分けます。基本の4種——ターメリック(色)/コリアンダー(香り)/クミン(味)/レッドペッパー(辛味)——を骨組みにして、各役割の「枠」に他のスパイスを足したり入れ替えたりしていきます。
「ブラックペッパー、カルダモン、クローブ、ローリエ、ビッグカルダモン、カシア、シナモン……それぞれをカテゴリーに入れることができます。」 — メタ・バラッツ
つまり配合とは、4つの枠を用意して、その中身を入れ替える作業です。
- 色の枠:ターメリックが基本。白く仕上げたいなら色素の強いものを外す、という引き算もできます。
- 香りの枠:ここがいちばん表情豊か。コリアンダーの爽やかさを軸に、カルダモンの甘い香り、カシアやクローブの深い香りを足していきます。
- 味の枠:クミンが定番。ただしクミンに頼らず、フェンネルやキャラウェイに替えると印象が変わります(後述)。
- 辛味の枠:レッドペッパーが基本。より赤く、より刺すような辛味が欲しければカシミールチリを足す、といった調整をします。
枠で考えると、「このスパイスはどの役割で入れているのか」が常に明確になります。役割の分からないスパイスを足さない——これが、ぼやけない配合の第一歩です。
ステップ2:比率で組む — コリアンダーを主役に
役割が決まったら、次は量のバランス(比率)です。ここに、バラッツの配合の核心があります。
「ターメリックが1に対して、(コリアンダーは)3倍から5倍入っていることが多い。」 — メタ・バラッツ
基本の比率は、たとえば次のように組みます。
- ターメリック 1 : コリアンダー 4 : クミン 3 : レッドペッパー 1
ポイントは、コリアンダーがいちばん多いこと。スパイス全体の中で「大さじ2杯はコリアンダー」というくらい、コリアンダーが量の主役になることがよくあります。コリアンダーの爽やかさが配合全体の“地”を作り、そこに他の香りが乗っていくイメージです。
「コリアンダーを中心として、それを引き立てるような食材(スパイス)を重ねていく。」 — メタ・バラッツ
なぜターメリックとレッドペッパーが少ないのか。ターメリックは入れすぎると土っぽい苦味が立ち、レッドペッパーは辛味が支配的になりすぎるからです。主役(コリアンダー)を中心に置き、脇役で輪郭をつける——これが比率設計の基本姿勢です。
この比率はあくまで出発点。テーマに合わせて崩していきます。たとえば春の爽やかなカレーなら、コリアンダーをさらに多めにして、深みを出すクミンをあえて外す、という選択もあります。比率は固定値ではなく、テーマを表現するためのツマミだと考えてください。
ステップ3:香りの「顔」を重ねる
比率の骨格ができたら、香りに表情(顔)を与えていきます。バラッツは香りを擬人化して捉えます。
「深みの深い香り、爽やかな顔、甘味のある顔。」 — メタ・バラッツ
それぞれのスパイスには“顔つき”があり、配合とはこの顔を重ねて一つの人格を作る作業だと考えます。
- 深みの顔:カシア、クローブ、ブラックペッパー、ビッグカルダモン、メースなど。土台を支える、落ち着いた香り。
- 爽やかな顔:コリアンダー、フェンネルなど。軽やかで抜けのある香り。
- 甘味の顔:カルダモン、シナモンなど。ふくよかで余韻のある香り。
同じ「味」の枠でも、顔は選べます。たとえば——
「フェンネルが爽やか、キャラウェイも割と爽やか、でもクミンっていうのはちょっと深み(がある)。」 — メタ・バラッツ
クミン・フェンネル・キャラウェイはよく似た見た目ですが、クミンは深み寄り、フェンネルとキャラウェイは爽やか寄り。どの顔を主役にしたいかで、1種を選び替えるのです。テーマが「爽やか」ならフェンネル、「深み」ならクミン、と逆算します。
ステップ4:三段で並べる — 最初・中心・仕上げ
最後に、組んだスパイスを時間軸(入れる順番)に並べます。バラッツはこれを「香りの三段構え」で考えます。
「最初の香り、中心の香り、そして仕上げの香り。」 — メタ・バラッツ
- 最初(土台):油で熱するホールスパイス。香りが立ちにくいものを先に。ここが料理全体の“地面”になります。
- 中心(骨格):パウダースパイスと塩。比率で組んだ4役割の中心はここで効かせます。味の芯。
- 仕上げ(肉付け):すでに香りの立っているもの。ガラムマサラや、香りを足したいときの“追いコリアンダー”など。最後にもう一度コリアンダーを振って爽やかさを立て直す、というのは定番の手です。
この三段は「土台・骨格・肉付け」とも言い換えられます。配合を平面(種類と量)だけでなく立体(時間)で設計する——これが、香りを最大限に引き出すコツです。順番とタイミングの詳しい原理は → すべては順番 を参照してください。
自分のブレンドを組む手順
ここまでを実際の流れにまとめます。
- テーマを言葉にする。 「香ばしさと深み」「爽やか」「ブラック」など、目指す味・色・情景を一言で決める。
- 4つの役割に枠を作る。 色・香り・味・辛味。基本4種を骨組みに、各枠の中身を足し引きする。
- 比率で骨格を組む。 ターメリック1:コリアンダー3〜5:クミン少々:レッドペッパー少々。コリアンダーを主役にする。
- 香りの顔を選んで重ねる。 深み・爽やか・甘味。テーマに合う顔を主役にし、味の枠はクミン/フェンネル等から選び替える。
- 三段に並べる。 最初(ホール)・中心(パウダー+塩)・仕上げ(追いコリアンダーやガラムマサラ)。
- 作って、味を見て、メモする。 一度で完成させようとしない。次に活かすため、配合と感想を必ず記録する。
最後の「記録して試し続ける」は、地味ですが決定的です。バラッツ自身、ひとつのブレンドを完成させるのに20〜30種を試して、ようやく「これが一番」という自分の配合にたどり着いたといいます。配合は一発勝負ではなく、積み重ねの先にあります。
応用:主役が変われば、組み替える
この設計図は、一度作って終わりではありません。主役(メインの食材)が変われば、配合も組み替えます。
「お肉の種類などが変わると、最初のホールスパイス(や仕上げ)が変わる。」 — メタ・バラッツ
たとえば、クセの強い肉なら深みの顔を厚めに。ラム・マトンなら、クミンに頼らずフェンネルとジンジャーを軸にする、という組み方もあります。中心のパウダー比率は保ちつつ、最初(ホール)と仕上げを食材に合わせて差し替える——これが応用の型です。
具材や水分を替えるだけでも展開は無限です。中心の「ベース(マサラ)」さえ設計できていれば——
「ほうれん草を茹でてペーストにしたもので伸ばせば、ほうれん草のチキンカレーになる。」 — メタ・バラッツ
水のかわりにほうれん草ペーストでサグに、ココナッツミルクでまろやかに、具をひき肉にすればキーマに。枠と比率と三段という設計図はそのままに、中身を入れ替える。 これが「自分のブレンドを組む」ことの本当の自由です。
まとめ
- 配合は暗記ではなく組み立て。一つひとつ覚えるより「組み立て方」を知るほうが自由になれる。
- 出発点はテーマ(味・色・情景・思い)。ゴールの像を先に決めるから、入れるスパイスが決まる。
- スパイスを4つの役割の枠に振り分け、中身を足し引きする。
- 比率は ターメリック1:コリアンダー3〜5を基本に、コリアンダーを主役にする。
- 香りは深み・爽やか・甘味の「顔」を重ねて設計し、味の枠はクミン/フェンネル等から選び替える。
- 並べ方は最初(ホール)・中心(パウダー+塩)・仕上げ(追いコリアンダー等)の三段で立体的に。
- 一発で決めず、試して記録する。主役が変われば、ホールと仕上げを組み替える。

