第3部 くみたてる 3.5

和の旨味とスパイス — 出汁・発酵調味料の掛け合わせ設計

和の旨味とスパイス — 出汁・発酵調味料の掛け合わせ設計

スパイスカレーを和の食材で作ろうとすると、最初にこう迷います——「出汁や味噌を足したら、ただの和風カレーになってしまうのでは?」。答えは逆です。スパイスは香りで料理を「広げ」、出汁・発酵調味料は旨味で料理に「芯」を通す。役割が違うから、ぶつからずに重なる。この記事では、日本の出汁・味噌・発酵調味料・茶をスパイスと掛け合わせる「設計」の考え方を、アナンの一次知識でまとめます。

なぜ和の旨味とスパイスは重なるのか

スパイスと旨味は、料理の中で別々の仕事をしています。アナンは出汁とスパイスの関係をこう見立てます——スパイスは飾り付け、出汁・旨味はカレーの「体幹」。出汁が入ることで、カレーの軸、真ん中にあるしっかりした幹のようなものができる。その幹に、スパイスの香りを枝葉のようにまとわせていく。だから「和の旨味を足すとスパイスが消える」のではなく、旨味という芯があるからこそ、スパイスの香りが映えるのです。

ここで一つ、文化の違いを押さえておくと設計がしやすくなります。アナンの観察では、インドは発酵調味料が少なく、香りの方向で美味しさを求めていく食文化。対して日本は、味噌・醤油をはじめとする発酵の旨味が味の土台にあります。つまり日本素材×スパイスとは、「発酵の旨味」を持つ日本と、「香り」で攻めるインドの、得意分野どうしの掛け合わせなのです。

「日本の料理、発酵調味料とスパイスの香りっていうのが重なっていく。」 — メタ・バラッツ

出汁文化という共通点

意外に思えるかもしれませんが、和とインド近縁の食は「出汁」で地続きです。アナンによれば、明確な出汁の文化を持つのは日本とスリランカぐらいだと言われており、スリランカ料理では鰹だしが頻繁に使われます(スリランカでは鰹節にあたる「モルディブフィッシュ」が旨味の要になります)。鰹節そのものを使う食文化は、日本とスリランカにほぼ限られる——この共通点があるからこそ、和の出汁はスパイス料理に自然に溶け込みます。鰹のイノシン酸のような旨味成分が、五味に「旨味」を一段加えて料理を成立させる、というのがその裏側にある原理です。

設計の4つの素材グループ

日本素材×スパイスを考えるとき、素材を大きく4つのグループに分けると見通しが良くなります。

1. 出汁(だし)——液体の芯

鰹だし・昆布・いりこ(煮干し)・椎茸などの出汁は、料理の「芯」を作る役割です。アナンはラッサム(南インドのスープ)にカツオだし・アサリ・ココナッツミルクを足して旨味を設計し、自作のスープカレーではカジカと昆布のだしをスパイスと組み合わせます。瀬戸内海のいりこをパウダーにして、それにスパイスを掛け合わせるブレンドも作っています。出汁は「香りではなく芯を足すもの」と覚えると、スパイスとの役割分担が明快になります。

2. 発酵調味料——味噌・醤油・麹

味噌・醤油・麹・ヨーグルトといった発酵調味料は、旨味と塩味を同時に持ち込みます。ここで重要なのは塩の役割が変わること。味噌を使ったキーマカレーは美味しいですが、その場合は塩分を味噌にかなり頼る設計になります。発酵調味料を入れるなら、塩を減らして全体の塩味を組み直す——これが基本です。クミンのように深みのある香りは和のものと合わせやすく、味噌・醤油とガラムマサラやクミンの掛け合わせは相性が良い、とアナンは言います。

3. インド側の旨味スパイス——ヒング

掛け合わせは「和→印」だけではありません。インド側にも旨味を担うスパイスがあります。代表がヒング(アサフェティダ)です。

「ヒングっていうのは旨味を回すから、スパイス感、香りを強くしてるわけではないので、インド料理以外でもいろんな料理に使える。」 — メタ・バラッツ

ヒングは火に熱せられることで旨味っぽくなる性質があり、香りを主張するというより旨味を底上げするスパイスです。だからこそ和洋中を問わず使える。椎茸や昆布の旨味成分にヒングを足してあげると、その旨味がグッと伸びる——出汁の芯にインドの旨味スパイスを重ねる、という掛け合わせです。ヒングは野菜炒め・ステーキ・アヒージョといった料理にも応用できます。

4. 茶・酸味など和の「広げる」素材

最後は、料理の輪郭を変える和素材です。チャイは紅茶だけのものではなく、ほうじ茶や緑茶でも作れます。酸味づけでは、タマリンドの代わりに梅干しを使って和の酸味を出す——といったように、酸味の素材を和に置き換える設計も可能です。生魚にも応用でき、マグロの漬けを作るときにクミンを忍ばせる、といった刺身×スパイスの掛け合わせもアナンの実験の一つです。

旨味は「重ねる」と相乗する

設計の核心は、異なる旨味を一緒に加えると、旨味がさらに強くなるという原理です。

「異なる素材を一緒に加えることによってさらに強くなる。」 — メタ・バラッツ

これは和食でいう「合わせ出汁」の発想です。昆布(グルタミン酸)と鰹(イノシン酸)を合わせると旨味が跳ね上がる——あの相乗を、スパイス料理の中で起こす。アナンは菜食の調理法に魚介の旨味を重ねる設計をよく使い、「どちらかに寄せず、両方の美味しいところを合体させた」と説明します。菜食の旨味だけ、魚介の旨味だけ、ではなく、二重に重ねる。これが旨味設計の最大のレバーです。

そしてこの旨味の相乗には、実利的な効果もあります。スパイスを使っていると、塩を半量にしても美味しく感じられる。旨味と香りが満足感を底上げするので、塩に頼りすぎなくてよくなる、というのがアナンの実感です。

ヨーグルト=味噌、酒かす=ココナッツミルク——置換で発想する

和×印を設計するうえで、いちばん使えるのが「この素材は、あの素材の代わりになる」という置換の発想です。アナンは素材の旨味や役割を軸に、和とインドの食材を対応づけます。

「このヨーグルトという存在がすごく味噌に似ていて。」 — メタ・バラッツ

  • ヨーグルト ⇄ 味噌——どちらも発酵由来の旨味とコクを持つ。
  • 酒かす ⇄ ココナッツミルク——コクと丸みを与える役割が近い。
  • 白だし——おでんや鍋物なら1対8の希釈率で、出汁の代わりに使える(用途別に希釈率が変わるので確認を)。
  • 白たまり・しょっつる・白だしなどの和の発酵調味料も、スパイス料理の旨味づけに組み込める。

味噌汁とラッサムは、別々の料理に見えて同じ旨味の発想でできている、とアナンは言います(「味噌自体も味(出汁)。だから一緒なんです」)。置換で考えると、和の食卓にあるものがそのままスパイス設計の部品になります。

設計のプロセス——5ステップ

実際に一皿を組み立てるときの手順です。レシピそのものではなく、どの順で「設計」を決めるか、の流れとして使ってください。

  1. 芯(旨味のベース)を決める。 まず出汁を選ぶ(鰹・昆布・いりこ・椎茸、またはエビの殻を炒めて煮出した出汁など)。ここが料理の体幹になります。
  2. 旨味を重ねるかを決める。 芯が一つで足りなければ、菜食の旨味に魚介の旨味を、昆布に鰹を——と異なる旨味をもう一段重ねて相乗を狙う。
  3. 発酵調味料を入れるなら塩を組み直す。 味噌・醤油・しょっつるを使うなら、その塩味を計算に入れて塩を減らす。塩分の出どころを一本化する。
  4. インド側の旨味(ヒング)で底上げ。 加熱の段でヒングを効かせ、出汁の旨味を「伸ばす」。香りで主張させず、旨味を回す役として使う。
  5. スパイスの香りで広げる。 最後に、芯の上にスパイスの香りをまとわせる。クミンなど深みのある香りは和の旨味と特に好相性。香りは「足し算」ではなく「枝葉」として乗せる。

芯(旨味)→ 重ねる → 塩の再設計 → ヒングで伸ばす → 香りで広げる。旨味で芯を作ってから香りを乗せる、というこの順序が和×印設計の背骨です。

応用——置換と季節で無限に展開

設計の型ができれば、入れ替えるだけで料理は無限に広がります。

  • 和の汁物に。 味噌・出汁・練り物(ちくわ等)に、ヒングやスパイスの香りを少量。おでんや豚汁のような汁物が、和の輪郭を保ったまま奥行きを増します。
  • 和チャイ。 ほうじ茶・緑茶に合わせてスパイスを調整すれば、和の茶葉のチャイになる。
  • 海鮮×スパイス。 エビの殻を炒めて水で軽く煮込めば出汁(エビ出汁)が取れる。クズ野菜とエビ殻を合わせたベジブロス+海鮮殻の出汁を芯にする、という設計も。
  • 生魚に。 マグロの漬けにクミンを効かせるなど、刺身・海鮮丼にスパイスを掛ける。
  • 季節の食材で。 舞茸を焼いて旨味を引き出す、椎茸の旨味を立てる——日本は四季で食材が移り変わるので、同じスパイス設計でも季節ごとに違う味わいになります。
  • ワイン向けの旨味ミックス。 昆布・椎茸・山椒といった和の旨味食材をスパイスミックスに掛け合わせる(椎茸はパウダーにしてミックスへ入れる、など)。

互いの文化へのリスペクトを持って素材を選ぶと、ただの足し算ではない「融合」が生まれます。出汁・醤油・味噌・海藻×スパイスで、自分だけの和カレーを設計してみてください。

まとめ

  • 役割で分ける。 スパイス=香りで「広げる」/出汁・発酵調味料=旨味で「芯(体幹)」を通す。ぶつからず重なる。
  • 和とインドは得意分野が逆。 日本は発酵の旨味、インドは香り。掛け合わせは両者の長所どうしの組み合わせ。
  • 旨味は重ねると相乗する。 昆布×鰹、菜食×魚介。二重に重ねるのが最大のレバー。塩は半量でも満足感が出る。
  • 置換で発想する。 ヨーグルト=味噌、酒かす=ココナッツミルク、白だしは1対8で出汁代用。
  • ヒングはインド側の旨味役。 加熱で旨味になり、椎茸・昆布の旨味を「グッと伸ばす」。和洋中に使える。
  • 設計の順序は、芯→重ねる→塩を組み直す→ヒングで伸ばす→香りで広げる。

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