第4部 ふかめる 4.21
スリランカの食文化(ローステッドカレーとだし)

スリランカ料理を「インドカレーの親戚」だと思って食べると、最初の一口で戸惑います。辛いのに、奥にしみじみとした旨味がある。実はこの旨味の正体は、鰹だし。スリランカは、世界で日本とならんで「だし文化」を持つ数少ない島だからです。この記事では、ローステッドカレーパウダーとだし——スリランカ食文化を支える2本の柱を、バラッツの一次知識から読み解きます。
なぜスリランカは「別軸」なのか
南インドのすぐ南に浮かぶ島国スリランカ。地図上の近さから、料理も南インドの延長だと思われがちです。けれど実際に食べると、香りも旨味のつくり方も、はっきり違う。インド亜大陸の食文化を「面」で捉えるなら、スリランカは海でひとつ隔てられた「島嶼(とうしょ)の食文化」として、別の軸で見たほうがしっくりきます。
その違いを生んでいるのが、ローストしたスパイスと魚のだしという、島ならではの二つの発想です。
家庭料理とレストランの距離が近い
もうひとつ、スリランカ料理を理解するうえで知っておきたい背景があります。スリランカでは、家庭料理とレストラン料理が割と混在している——つまり、家庭料理の延長線上にレストランの味がある、ということ。
これは、外食が「特別なごちそう」として家庭料理と切り離されている文化とは対照的です。日々の食卓で作られているものが、そのままお店の味につながっている。だからこそ、家庭で受け継がれてきた「だし」や「ローストの香り」が、スリランカ料理全体の屋台骨になっています。
柱その1:ローステッドカレーパウダー
スリランカ料理を象徴する技法が、ローステッドカレーパウダーです。
やり方の発想はシンプルで、スパイスをローストして、そのローストしたスパイスをパウダーにして、それを貯蔵しておく。インドのように料理のたびにスパイスを油で炒めて香りを立てる(テンパリング)のではなく、あらかじめ火を通して香ばしくしたものを、粉にしてストックしておく文化です。
ローストを先にすませてあるので、スパイスはすでに香りが立った状態。それを保存しておけば、料理のときにサッと使えます。これは、香りを「その場で立てる」のではなく「あらかじめ仕込んで貯えておく」という、保存・貯蔵の知恵です。
「スパイスをローストして、そのローストしたスパイスをパウダーにして、それを貯蔵しておく。出汁の文化がある国は、日本とスリランカぐらいらしいんですよ。」 — メタ・バラッツ
ローストして粉にしたスパイスは、生のままのパウダーとは香りの質が変わります。香ばしさと深い色——スリランカ式のポークカレーで見られる、飴色よりもさらに濃い、けれど焦げてはいない黒さも、こうしたローストの発想と地続きです。
セイロンシナモンという象徴
スリランカらしさを語るうえで欠かせないのが、セイロンシナモン。「セイロンシナモン」というだけあって、スリランカ(旧称セイロン)はこの上質なシナモンの名産地です。柔らかく上品な香りは、料理だけでなくお菓子や飲み物とも相性がよく、島の食文化に独特の華やかさを添えています。
ちなみにスリランカは仏教を最も多く信仰する国で、セイロンティー(紅茶)の文化でも知られます。もともとはコーヒー栽培が盛んだったものの、病害をきっかけに紅茶へと転換した歴史があり、いまの「紅茶の島」のイメージはその転換の結果です。
柱その2:日本と通じる「だし文化」
スリランカ料理のいちばん面白いところ——それがだしです。
スリランカは魚をよく食べる島で、その魚食文化の中から「だし」の文化が発展しました。そしてここで日本人なら必ず驚く事実があります。だしの文化を持つのは、世界でも日本とスリランカぐらいだというのです。
「魚を食べる中で発展しただしの文化があって、頻繁に使われるのがカツオ出汁なんですね。出汁の文化があるのは日本とスリランカぐらい。」 — メタ・バラッツ
辛いカレーの底に流れる、あのしみじみとした旨味。その正体は、唐辛子やスパイスではなく、魚から引いただしの旨味だったのです。
モルディブフィッシュ=スリランカの鰹節
このだしの主役が、モルディブフィッシュ。これは、スリランカでいう「鰹節」のことです。鰹を加工して旨味を凝縮させた、まさに日本の鰹節に相当する保存食材です。
名前のとおり、もとはスリランカ固有のものではなく、隣のモルディブから1700年代に伝来したと伝わります。港町で鰹を加工して売る——その製法は日本の鰹節とよく似ていますが、細部の作り方には島ごとの違いがあります。遠く離れた二つの海洋国家が、それぞれ独立に「鰹を旨味の素にする」という同じ答えにたどり着いた。これは食文化の偶然として、とても示唆的です。
このモルディブフィッシュは、カレーだけでなくサンボル(サンボール)という副菜にも使われます。サンボルは、ココナッツの果肉(ココナッツシュレッド)などにフレッシュなスパイスやモルディブフィッシュを混ぜ合わせた、スリランカの定番の和え物。魚の旨味とココナッツの甘み、唐辛子の辛味が一体になった一品です。
だしと対比が完成させる「ランプライス」
ローステッドカレーパウダーの香り、モルディブフィッシュのだし——この二本柱が一皿に集約された料理が、ランプライス(ランプライス)です。
ランプライスの妙味は、味の対比にあります。ひとつの皿の中に、酸味・苦味・辛味・甘味が同居している。これらの異なる味が互いを引き立て合うことで、料理が完成する——単一の強い味で押すのではなく、複数の味のコントラストで全体を仕上げる、という設計思想です。
- ローストした香りで土台をつくる(ローステッドカレーパウダー)
- 魚のだしで旨味の底を支える(モルディブフィッシュ)
- 辛味で輪郭を立てる
- 酸味・苦味・甘味を添えて、味に対比を生む
- ごはんとともに一皿に盛り、味がぶつかり合って完成する
「足し算で強くする」のではなく「対比でまとめる」。スリランカ料理の奥行きは、この引き算と対比の感覚から生まれています。
日本のカレーへの思わぬ影響
この「だしを使うカレー」という発想は、海を越えて日本のカレー文化にも影を落としています。
たとえば北海道のスープカレー。そのルーツをたどると、かつて「スリランカカレー」と呼ばれていた時代があったと言われ、鰹節・だしを使うという独特の作り方が、スープカレーの旨味設計に合流していったと考えられています。スリランカのだし文化が、めぐりめぐって日本のご当地カレーの旨味につながっている——食文化が国境を越えて混ざり合う、その一例です。
応用:島の発想を自分の台所へ
スリランカ食文化の発想は、本格的なスリランカ料理を作らなくても、日々の料理に取り入れられます。
- ローストの香りを仕込む:使うスパイスを乾煎りしてから挽いておくと、香ばしさが一段深まる。ローステッドカレーパウダーの考え方の応用です。
- だしで旨味の底を足す:いつものスパイス料理に鰹だしを少量加えると、辛さの奥に旨味の層が生まれる。日本人の舌にはとくに馴染みます。
- 対比で味をまとめる:辛味一辺倒にせず、酸味や甘味を少し添える。ランプライスの「味の対比」の発想です。
まとめ
- スリランカは南インドの延長ではなく、ローストとだしを柱とする「島嶼の食文化」として捉えると理解しやすい。
- ローステッドカレーパウダーは、スパイスをローストして粉にし、貯蔵しておく文化。香りを「その場で立てる」のではなく「仕込んで貯える」発想。
- だし文化を持つのは世界で日本とスリランカぐらい。主役のモルディブフィッシュは、モルディブから1700年代に伝わったスリランカの「鰹節」。
- ランプライスは、酸味・苦味・辛味・甘味の対比で完成する一皿。だしとローストが集約される。
- スリランカのだし文化は、北海道のスープカレーなど日本のカレーにも影響したとされる。
- 家庭料理とレストラン料理の距離が近く、家庭の味がそのまま島の食文化の土台になっている。

