第4部 ふかめる 4.28

豆とインドの食を支える農の循環

豆とインドの食を支える農の循環

なぜインドの食卓には、これほど豆が多いのでしょう。ダール(豆カレー)は「味噌汁的に毎日食べたい」と言われ、付け合わせのパパドも、衣も、洗剤代わりの粉まで豆。答えは料理の好みではなく、豆が土を肥やし、暮らしを回す「農の循環」の中心にいるからです。この記事は、その循環を畑から食卓までたどります。

豆は「土を肥やす作物」だった

豆を語るとき、ふつうは栄養や味から入ります。でもアナンが大切にしているのは、もっと手前の話——豆は、植えるだけで土を豊かにする作物だという事実です。

ここで主役になるのが「窒素」です。窒素は植物が育つために欠かせない養分ですが、空気中にはたっぷりあっても、植物はそのままでは使えません。ところが豆科の植物は違います。

「豆科の植物というのは、大気中の窒素を土の中に入れて、その養分、栄養素に変えてくれる。」 — メタ・バラッツ

これが窒素固定と呼ばれるはたらきです。豆は大気から窒素を吸収して土の中に取り込み、自分が育つだけでなく、次にその畑で育つ作物の養分まで残してくれる。いわば「歩く肥料」のような存在です。

だから「輪作」で土が肥える

この性質を昔の人は経験的に使ってきました。代表が、米や小麦のような穀物と、豆を年ごとに入れ替えて育てる輪作(りんさく)です。

穀物は土から養分を吸い取っていく作物です。同じ畑で穀物ばかり作り続ければ、土はやせていきます。そこに豆を挟む。豆が窒素を土に戻し、やせた土がまた肥える。米とひよこ豆を交互に育てれば、化学肥料に頼らずとも土が回復していく——これがインドの畑で長く続いてきた知恵です。

トゥールダール(キマメ)のような豆も、土を肥やす天然の肥料としてはたらきます。ムクナ豆のように、まわりの雑草や病害虫を抑えながら土を豊かにする豆さえあります。豆は、収穫物であると同時に、畑の手入れそのものなのです。

豆を中心に、暮らし全体が回る

豆の循環は畑だけでは終わりません。アナンが見てきたインドの村では、牛を中心にした小さな共同体の中で、食べもの・燃料・住まいまでが一つの輪としてつながっていました。牛の力で畑を耕し、その畑で豆と穀物を育て、人がそれを食べる。豆はその輪の養分を支える一部です。

おもしろいのは、豆が「食べる」以外の役割もたくさん担っていること。たとえばひよこ豆を挽いた粉ベッサン(ベサン)は、

  • 料理にとろみをつける素材として
  • 揚げ物の衣として(何にでも使える万能の衣)
  • 油を吸う性質を生かして、食器洗いの洗剤代わりに
  • 同じく油を吸うので、洗顔や肌の手入れに

——と、台所から身づくろいまで一枚で受け持ちます。木の話になりますが、ニームのように油や絞りかすを天然の防虫剤に使う植物もあり、「一つの作物を、捨てるところなく何役にも使う」という発想は、インドの暮らしに深く根づいています。日本では豆の粉や雑穀の粉を使う文化があまり浸透していないぶん、この多用途ぶりは新鮮に映ります。

「ダール」が指す、三つの意味

日本で「ダール」というと豆カレーを思い浮かべますが、現地ではもっと幅のある言葉です。ダールは、割った豆そのもの/その豆で作る料理/豆全般を指し、母の味そのものを呼ぶ言葉でもあります。

料理の前に、まず「割った豆」としてのダールを押さえておきましょう。

「このダールっていうのは何かというと、豆を半分にしたんですね。」 — メタ・バラッツ

豆は、皮をむいて半分に割ることで、ぐっと使いやすくなります。皮がない分やわらかく早く煮えて、保存もきく。たとえばひよこ豆の皮を剥いて半割にしたものがチャナダールです。生のままの丸い豆ではなく、この「割った保存形態」が日々の料理を支えています。割る・挽くというひと手間が、豆を毎日の主菜に変えているわけです。

五つの豆、それぞれの個性

ひと口に豆といっても、インドの食卓には個性の違う豆が並びます。代表的なのが次の五つです。

  • ムング(緑豆) — 約4500年前にインド北西部で栽培が始まり、そこから世界へ広がったとされる、もっとも古い豆の一つ。
  • チャナ(ひよこ豆) — 世界でもっとも食べられている豆の一つ。ダールにもベッサンにも展開する万能選手。
  • ウラド — 生地や発酵にもよく使われる豆。
  • マスール — 手早く煮える豆。
  • トゥール(キマメ) — 土を肥やす力があり、海を越えて各地に伝わった豆。日本の沖縄などでも栽培されていたといいます。

この五つは、煮えやすさや食感、向く料理がそれぞれ違います。だから「どの豆を選ぶか」は、料理の組み立ての第一歩になります(個々の豆の詳しい使い分けは図鑑側の記事に譲ります)。

北と南で、豆の選び方が変わる

豆の使い分けには、土地の気候が映り込んでいます。アナンが語るのは、北は消化のゆっくりな豆、南は消化の早い豆という地理の傾向です。寒さの厳しい北では、エネルギーを長くためられる消化の遅い豆が選ばれ、暑い南では軽く食べられる消化の早い豆が好まれる——食べものが、その土地の環境と素直につながっているのです。

これは「正解の豆」が一つではない、ということでもあります。土地ごとに違う豆を、違う形に割り、挽き、煮る。地域の数だけ豆の食べ方がある——豆食文化の厚みは、この多様さから来ています。

単一栽培の弱さと、豆という保険

最後に、いまの農業が抱える課題にも触れておきます。

人類が農耕を始めて以来、効率を求めるほど、育てる作物の品目は減っていきました。アナンの言葉を借りれば、人間が食べている植物の品目は極端に減った。1970年代の「緑の革命」で小麦が全国に普及し、白米とともに主食の中心になった一方で、食卓の足元は少数の作物に偏っていきます。

一種類の作物だけに頼る単一栽培は、効率はよくても脆い。一つの病気や天候の乱れで、畑が丸ごと打撃を受けかねません。だからこそ見直されているのが、少量多品種という考え方です。いろいろな豆、雑穀(ミレット)、スパイスを混ぜて育てる——綿花とスパイスを混植するような畑は、自然農法に近い循環を生みます。とりわけミレットは、食料を安定して確保し、農村の経済を支える希望として注目されています。

豆は、この「多様さで土と暮らしを守る」発想のど真ん中にいます。土を肥やし、人を養い、品目の偏りを和らげる。「ひよこ豆は世界を救う」と言われるのは、決して大げさな話ではないのです。

食卓に戻る — 豆を毎日のものにする道筋

畑の話を、もう一度台所に戻しましょう。豆を日々の食事に取り入れるなら、次の順序で考えると無理がありません。

  1. 「割った豆(ダール)」から始める。 丸ごとの豆より早く煮え、扱いやすい。チャナダールやマスールなど、短時間で煮える豆が入口に向きます。
  2. その日の体と季節で豆を選ぶ。 重くしたい日は消化のゆっくりな豆、軽くしたい暑い日は消化の早い豆、と土地の知恵にならう。
  3. 豆カレー(ダール)を「常備菜」に置く。 味噌汁のように毎日あっていい一品として、食卓の土台にする。
  4. 粉(ベッサン)にも広げる。 とろみづけ、衣、副菜へと展開すれば、一つの豆で食卓の幅が一気に広がります。
  5. 付け合わせまで豆で。 パパドのような豆の付け合わせを添えれば、一食の中で豆が何役もこなします。

応用 — 「循環」の目で台所を見る

この農の循環という視点は、料理の選び方そのものを変えてくれます。

  • 献立に豆を一品足すことが、土を思うことにつながる。 豆を食べる習慣は、輪作で土を肥やす農を支える行為でもあります。
  • 「捨てない」発想を台所に持ち込む。 ベッサンの油を吸う性質を掃除に生かすように、一つの素材を何役にも使う目で台所を見直す。
  • 多様に食べることが、食の安定を支える。 いろいろな豆・雑穀を食べ分けることは、単一栽培の脆さに対する、私たち側からの小さな投票です。

まとめ

  • 豆科の植物は窒素を土に固定する。植えるだけで土を肥やす「歩く肥料」であり、穀物との輪作で化学肥料に頼らず土が回復する。
  • 豆は牛を中心とした暮らしの循環の一部。食べるだけでなく、ベッサン(ひよこ豆粉)は衣・とろみ・洗剤・洗顔まで何役もこなす。
  • ダールは「割った豆/その料理/豆全般」を指す言葉。皮をむき半割にすることで早く煮え、保存もきき、毎日の主菜になる。
  • ムング・チャナ・ウラド・マスール・トゥールなど豆は多彩で、北は消化の遅い豆・南は早い豆と土地の気候が選び方に映る。
  • 単一栽培は脆い。 少量多品種・ミレットとともに、豆は「多様さで土と暮らしを守る」発想の中心にいる。

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