第4部 ふかめる 4.29
インドの米食文化

「インドの主食はナン」——そんなイメージを持っていませんか。じつはインドでは、人口の半分以上が米を食べています。品種は数千種、米そのものの呼び名は世界中の言葉の語源にもなりました。この記事では、料理ではなく「米そのもの」の食文化——品種・語源・地域差——を、バラッツの一次知識でたどります。
まず大前提:インドは「米の国」でもある
スパイスカレーというと、薄く焼いたパン(フラットブレッド)を思い浮かべる人が多いかもしれません。けれども実際には、インド全体でおそらく5割以上が、小麦ではなく米を食べています。 人口の半数が米食という土台があり、だからこそ米を使った料理がとても豊富なのです。
数字で見ると、その厚みがよくわかります。インドは米の生産量で世界第2位。栽培されている品種は6,000種にもおよぶといわれます。これは「ときどき食べる」レベルの食材ではなく、文明の柱としての米です。
「インド全体で、多分5割以上は小麦ではなくて米食なんです。」 — メタ・バラッツ
つまり、北の小麦・南の米という二項対立だけでは語りきれない。米は、インドという国の半分を支える主食なのです。
世界の米は3つ、そしてインドの「数万」
お米は、世界全体ではおおまかに3つのタイプに分けられます。私たちが日本で食べている、粒が短くて粘りのあるジャポニカ米。長くてパラっとしたインディカ米。そしてその中間にあたるタイプ。
このうちインドの主役は、長いインディカ米です。そして冒頭で触れたとおり、インド一国のなかにも数千から数万といわれる品種が存在します。色も、香りも、炊いたときの食感も、地域ごとにまるで違う。「インドの米」とひとくくりにできないほど、その多様性は深いのです。
バスマティ——「香りが溢れる」米
数あるインディカ米のなかでも、世界的に知られているのがバスマティです。バスマティという名前には、「香りが溢れている」という意味があります。名前そのものが、この米の特徴を言い当てているわけです。
バスマティが選ばれる理由は、そのフワッとした食感にあります。粒が長く、炊き上がりが軽い。ビリヤニのような華やかな米料理に、長いインディカ米=バスマティがよく使われるのは、この「ふわっと」した質感を求めてのことです。
米にまつわる、ひとつの諺
インドには、米の炊き上がりを語るときの面白い言い回しがあります。
「お米っていうのは、兄弟のようでなくてはならない。」 — メタ・バラッツ
兄弟、つまり近すぎず、離れすぎず。粒どうしがベタッとくっついてしまってもいけないし、バラバラに離れすぎてもいけない。適度な距離を保った状態が、よく炊けた米だ——という感覚です。日本米の「粘って一体になる」美意識とは、ねらう着地点がそもそも違うことが、この諺からも伝わってきます。
「米」という言葉は世界をめぐった
米食文化の古さは、言葉の歴史にも刻まれています。南インドの言葉には、米を指す「アリーシー(アリス)」のような語があります。この言葉が、
- インドのアリス(アリーシー)から
- アラビア語などのアルーズへ
- そして英語のライス(rice)へ
と、西へ西へと伝わっていったと考えられています。私たちが何気なく使う「ライス」という言葉のルーツが、南インドの米の呼び名にさかのぼる——食材だけでなく、それを呼ぶ言葉までもが交易路を旅していったことがわかります。
(言葉や食材が交易路を渡っていく大きな流れは → 交易2500年通史)
米料理の系譜——プラオは「西」へ流れた
米そのものの文化に加えて、米を使った料理にも長い旅の歴史があります。代表がプラオ(ピラフ/炊き込みご飯にあたるもの)です。
プラオは、もともと中央アジア(フェルガナ地方)あたりで生まれたとされ、その起源は紀元前5世紀にまでさかのぼるといわれます。やがてペルシャの拡大とともに西へ運ばれ、さらに西のスペインまで行くと、あのパエリアになった——という壮大な系譜です。プラオは一つの鍋で完成させることが多く、日本の炊き込みご飯にも通じる作り方をします。地域によっては、こうした米料理は特別な祝いの料理でもありました。
(米料理がたどった系譜、とくにビリヤニの物語は → ビリヤニ)
北は小麦、東と南は米——地域でこんなに違う
「インドは米の国」と言いましたが、地域によって主食の重みは大きく変わります。これが米食文化を理解する核心です。
- 北インドは、どちらかというと小麦文化。フラットブレッドが食卓の中心になりがちです。
- 南インドは米文化。たとえば南インドのレモンライスのような料理は、米食文化を背景に生まれたものです。
- 東インドは水が豊富な水郷地帯で、米作りが盛ん。主食は北の小麦とは違って米になり、川魚を合わせる文化も育ちました。
同じ国のなかで、地形と水の条件が主食を分けている。これが「インドの主食はひとつではない」ことの正体です。
(地域ごとの食文化は → 北インド / 南インド / ベンガル)
炊き方も日本とは違う——湯取り式
インディカ米は、炊き方そのものが日本米と異なります。代表的なのが湯取り式です。手順の感覚としては——
- 米を水に30分ほど浸けておく。
- 別の鍋に、パスタを茹でるような感覚でたっぷりの湯を沸かす。
- そこへ米を入れて茹で、頃合いで湯を切る。
日本米のように「米と水を一対一で測って炊き上げる」のではなく、たっぷりの湯で茹でて、余分な湯を捨てる。なお、最初に米を浸けておいた水は「分量外」、つまり使わずに捨てる水として扱われます。粒を立たせ、ベタつかせない——あの「兄弟のような」炊き上がりは、こうした炊き方から生まれます。
(カレーに添える主食の実用的な選び方・炊き方の入口は → ご飯と主食)
現代の米——緑の革命と、白米
米の歴史は、近代でも動いています。1970年代のインドの「緑の革命(グリーン革命)」では、収量の高い品種が広がり、小麦の普及が進みました。同じ時代に、精米した白米も広く食べられるようになっていきます。かつて多様だった雑穀類との関係も、この流れのなかで変わっていきました。
米はまた、文化の節目にも顔を出します。インドの収穫祭では、米・サトウキビ・ターメリックが収穫期を代表する作物として登場します。日々の主食であると同時に、祝祭と結びついた特別な存在でもあるのです。
余談:日本とインドの米はつながる?
最後に、日本との接点を二つ。ひとつは、国産のインディカ米として、インドのバスマティと日本のお米を掛け合わせて生まれた品種(サリークイーンなど)が存在すること。もうひとつは、倭人と米作の南方ルーツ説——稲作文化が南の方から、タミル系の人々とともに伝わってきたのではないか、という仮説です。米という一粒の作物が、国境を越えて人と文化を結んできたことを思わせる話です。
まとめ
- インドは人口の半数以上が米食で、生産量は世界2位、品種は6,000種ともいわれる「米の国」でもある。
- 世界の米は大きく3タイプ。インドの主役は長いインディカ米で、国内だけでも数千〜数万品種。
- バスマティは「香りが溢れる」の意。フワッとした食感が身上で、米料理によく使われる。
- 米は「兄弟のよう」——近すぎず離れすぎず、が良い炊き上がり。炊き方は湯取り式が代表的。
- 「ライス」の語源は南インドのアリスにさかのぼり、プラオは中央アジアから西へ流れパエリアになった。
- 主食は地域で分かれる:北=小麦/南・東=米。近代の緑の革命で白米が広がった。

