第4部 ふかめる 4.14
タンドリーとタンドール窯の歴史 — 5000年の火と土
タンドール窯は5000年とも言われる。ヨーグルトマリネと高温が生むタンドリーチキンの歴史。

炭の熱に赤く照らされた土の窯から、香ばしい湯気を立てて引き上げられる串焼きのチキン。北インド料理の象徴ともいえるタンドリーチキンは、ヨーグルトとスパイスのマリネ、そして「タンドール」と呼ばれる土窯の高温が生み出す一皿です。鎌倉のスパイス商アナンが扱うスパイスの多くも、この窯の文化と深くつながっています。ここでは、タンドール窯とタンドリーチキンが歩んできた長い時間を、エッセイとしてたどってみましょう。
5000年とも言われる、土窯の時間
タンドリーの「タンドール」とは、円筒形の土窯そのものを指す言葉です。この語の系譜は古く、ペルシア語やそれ以前の古代の言語にまでさかのぼると言われ、窯そのものの起源は5000年とも語られることがあります。確かな年代を一本の線で引くことは難しいものの、土を焼き固めた竪型の窯が、きわめて古い時代から人々の暮らしのなかにあったことは、各地の遺跡や言葉の痕跡からうかがえます。
とりわけインダス文明をはじめとする南アジアから西アジアにかけての地域では、こうした竪型の窯がパンを焼き、肉を焼く道具として使われてきたと考えられています。窯は一つの土地にとどまらず、人や交易の流れとともに各地へ広がっていきました。スパイスが海と陸の道を渡っていった歴史と、窯の文化が広がっていった歴史は、どこかで重なり合っています。

タンドリーチキンの誕生と普及
窯そのものは非常に古い一方で、今日わたしたちが思い浮かべる「タンドリーチキン」という料理として広く知られるようになったのは、比較的近代に入ってからだと言われています。古くからある窯焼きの技法と、ヨーグルトでマリネした鶏肉という組み合わせが結びつき、やがて北インドを代表する一皿として親しまれるようになっていきました。
そこから先は、レストランの広がりや人の移動とともに、タンドリーチキンは国境を越えて世界中へと伝わっていきます。インド料理店の定番として、また家庭の食卓のごちそうとして、窯の文化は形を変えながら受け継がれてきました。スパイスがどのように世界を旅したのかは、スパイス交易2500年通史もあわせて読むと、その背景がより立体的に見えてきます。
ヨーグルトマリネの知恵
タンドリーチキンの仕込みで欠かせないのが、ヨーグルトとスパイスを合わせたマリネです。ヨーグルトの酸が肉にやわらかさをもたらし、同時にスパイスの香りを肉の表面にしっかりと定着させる役割を果たすと言われています。マリネ液をまとった肉は、ただ味をつけるだけでなく、焼き上がりの質感までも変えていきます。
経験的に、このマリネは長くおくほど良いと語られてきました。短時間でも風味はつきますが、時間をかけてなじませることで、ヨーグルトとスパイスが肉の奥までゆっくりと働きかけていきます。急がず、時間そのものを調味料の一つとして使う——タンドリーチキンには、そうした「待つ」料理の知恵が息づいています。スパイスの香りを油に移して引き出すテンパリングとはまた違った、ヨーグルトという乳の力を借りた香りの定着のしかたです。

高温が生む香ばしさ
タンドール窯の最大の特徴は、その高温です。底に熾した炭火が窯の内壁を熱し、内部は一気に高い温度へと達します。この熱のなかで、ヨーグルトとスパイスをまとった肉の表面では、糖とたんぱく質が反応して香ばしい焼き色と香りを生むメイラード反応が進んでいきます。短時間で表面を焼き締めながら、香りを閉じ込めていくのが窯焼きの妙味です。
タンドリーチキンといえば鮮やかな赤い色を思い浮かべる方も多いでしょう。この色は、伝統的にはスパイスやその配合に由来するものとされてきました。窯の熱と、マリネがまとう香り、そして色——いくつもの要素が一度に立ち上がる瞬間に、この料理の魅力が凝縮されています。
窯の歴史は、僕らが想像するよりずっと長い。タンドリーチキンそのものは比較的新しい料理かもしれないけれど、その背後には何千年も続いてきた火と土の知恵がある。ヨーグルトでマリネして、時間をかけて待って、最後に高い熱で一気に焼く。急がないことが、いちばんのスパイスなのかもしれません。
メタ・バラッツ(アナン 監修)
まとめ
- 古い窯の文化:タンドールは語源も古く、5000年とも言われる長い歴史を持つと語られ、南アジアから西アジアへと広がってきた。
- 近代に広まった料理:タンドリーチキンという料理として親しまれるようになったのは比較的近代で、やがて世界へと伝わった。
- ヨーグルトマリネの知恵:酸がやわらかさを与え、スパイスの香りを定着させる。長くおくほど良いとされる。
- 高温が生む香ばしさ:窯の高い熱がメイラード反応を進め、色は伝統的にスパイス由来とされてきた。

