第1部 つくる 1.8
主役を選ぶ — 鶏・肉・魚・野菜・豆の入口

スパイスカレーを作ろうとすると、レシピの数だけ「鶏のカレー」「魚のカレー」「豆のカレー」があって、別物のように見えます。でも実は、カレーの土台(ベース)は一つ。そこに何を「主役」として入れるかが違うだけです。この記事は、鶏・肉・魚・野菜・豆という主役の選び方と、選んだ主役に合わせて少しだけ手を変えるコツを、一枚の地図にまとめます。難しいレシピを覚える前に、まず「何で作るか」を選べるようになりましょう。
カレーは「ベース+主役」でできている
アナンのレッスンでくり返し出てくる考え方が、ベース(マサラ)さえできれば、主役は入れ替えられるというものです。玉ねぎ・にんにく・生姜・トマトを炒めて作った濃い土台は、それ自体がしっかり味の決まったベースになっています。だから具材を変えても、味のバランスはそう簡単には崩れません。
「いろんな素材を置き換えても、割とその味のバランスが崩れない。」
主役を変えるだけで、同じベースから違うカレーが生まれます。たとえば——
- 鮭で作っていたものを、鶏・エビ・牡蠣に置き換える
- ベースに肉を入れればチキンカレー、魚介を入れればフィッシュカレー、野菜だけで仕上げれば野菜カレー
つまり「主役を選ぶ」とは、無数のレシピを覚えることではなく、一つの土台に何を載せるかを決めること。この視点を持つと、カレーづくりは一気に身軽になります。
まず一皿目は「鶏」がいい理由
これから始める人に、アナンが最初の主役としてすすめるのが鶏肉です。理由はシンプルで、仕上がりの安定感にあります。
「チキンが一番、出来上がりの味が、誰が作っても同じようになると思います。」
豚や牛は部位や火入れで差が出やすく、作る人によって仕上がりが変わりやすい。一方で鶏は、初めてでも狙った味に着地しやすい食材です。「まず成功体験を作る」という意味で、鶏は入口にふさわしい主役だといえます。
鶏の中での使い分け
同じ鶏でも、部位によって性格が違います。
- むね肉:あっさり、火を通しすぎるとパサつきやすい
- もも肉:コクが出て扱いやすい
- 骨付き(手羽元など):骨から出汁が出て、より深い味になる
慣れてきたら、むね肉と骨付きを一緒に使うのもおすすめです。あっさりした身と、骨からの旨味の両方が一皿に入り、味に厚みが出ます。
肉(豚・牛・ラム)を主役にする
鶏に慣れたら、豚や牛、ラムへ。ベースの作り方は同じで、変わるのは「部位選び」と「火の入れ方」です。
豚は部位を好みで
豚は肩ロースかバラ肉か、で迷いがちですが、ここは難しく考えなくて大丈夫です。
「バラ肉でも、好みでいいかなと思います。」
脂を楽しみたいならバラ、しっかりした食べ応えなら肩ロース。正解は一つではなく、好みで選んでよい、というのがアナンの立場です。
ラム・マトンと、置き換えの自由
インドでは羊・ヤギ・牛もよく使われ、地域によって「ラム」「マトン」の指すものが変わります。南アジアでは、いわゆるマトンがヤギ肉を指すことが多いという話もあります。
「インドでこれでよく食べられているのはマトン、ヤギの肉、ラム肉や牛肉などでも、とても美味しい。」
ラムが手に入らなければ、牛や鶏で作っても成立します。主役は固定されたものではなく、置き換え可能なパーツ——この感覚が、応用力の土台になります。
魚・魚介を主役にする
魚介のカレーは「特別なレシピが必要」と思われがちですが、ここでも基本は手に入る魚で代用するという発想です。
どんな魚が合うか
相性のよい魚を聞かれたとき、アナンが挙げるのは味のしっかりした魚です。ブリやサワラのような魚が合いますし、その代用として——
「サワラのほかには、一番手に入りやすいタラやブリ、サバ、エビなどで代用できます。」
青魚のように味の強い魚は、スパイスのベースに負けません。白身魚なら、牡蠣の代わりにタラ・エビ・貝類を使う、といった置き換えも効きます。「この魚でなければ」ではなく、「今ある魚で」作れるのが魚介カレーです。
魚を扱うひと工夫
魚は肉より身が崩れやすいので、主役を魚にするときは下ごしらえで差がつきます。
「レモン汁と塩で少しマリネしておくと、身が引き締まって崩れない。」
また、魚介はそれ自体が出汁の塊です。エビは殻から別に出汁を取って合わせたり、貝類は加熱すると出汁が早く出たりと、素材ごとに出汁の出方が違うことを意識すると、魚介カレーの解像度が上がります。
野菜を主役にする
肉や魚を一切使わなくても、カレーは作れます。
「肉や魚を一切使わずに作ることができる。」
野菜が主役のときのコツは、火の通り方と食感の残り方で具を選ぶこと。たとえば、じゃがいもの代わりに大根を使うと、味がよく染みて煮崩れしにくく、カレーの具によく合います。芋類で作っていた味付けをそのまま、フライドポテトのような形に展開しても成立します。野菜は「肉の代わり」ではなく、それ自体が主役になれる素材です。
豆(ダル)を主役にする
豆を主役にしたカレーは「ダル」と呼ばれ、日常食の定番です。豆と夏野菜を合わせるなど、季節の野菜と組み合わせる楽しみもあります。豆を主役にするときは、戻し(吸水)と火入れに時間を見込むのがポイント。じっくり煮て豆が崩れるくらいになると、とろりとした一皿になります。
主役が変わると「入れるタイミング」が変わる
主役を選んだら、もう一つだけ気にしてほしいのが投入のタイミングです。同じベースでも、主役によって入れる時機が違います。
「お肉によって、入れるタイミングが違う。」
考え方の軸は「火の通りにくいものほど早く、通りやすいものほど遅く」。
- 骨付き肉・かたまり肉:火が通るのに時間がかかるので早めに入れて、しっかり煮込む
- ひき肉:表面積が大きいぶん、しっかり炒める必要がある
- 魚・むね肉・葉物野菜:火が通りやすく崩れやすいので、後半に入れてさっと火を通す
主役の「かたさ・火の通りやすさ」に合わせてタイミングを少しずらす。これだけで、同じレシピが主役ごとに最適化されます。
主役の選び方 — 4ステップ
- ベースを決める。 まずは玉ねぎ・にんにく・生姜・トマトのベース(マサラ)を作る。ここはどの主役でも共通の土台。
- 主役を選ぶ。 初めてなら鶏。慣れたら豚・牛・ラム、魚介、野菜、豆へ。「今あるもの」「食べたいもの」で選んでよい。
- 下ごしらえを合わせる。 魚なら塩・レモンでマリネ、ひき肉ならしっかり炒める、骨付きなら出汁を活かす——主役に応じてひと手間を足す。
- 入れるタイミングを合わせる。 火が通りにくいものは早く、崩れやすいものは後で。主役のかたさに合わせて時機をずらす。
応用 — 一つ作れれば、全部作れる
「ベース+主役」の地図が頭に入ると、応用は驚くほど自由になります。
- 冷蔵庫の残りもので:「あさりじゃなかったら何を入れますか?」——答えは「何でもいい」。シラス・鶏・野菜・練り物など、手元にあるものを主役にできる。
- イベントの後で:バーベキューで余った肉と野菜を一気にベースに入れて、一皿のカレーにまとめてしまう、という展開もできる。
- 主食まで展開:鶏や貝を加えれば、カレーだけでなく炊き込みご飯系の一皿にも広がる。
主役を入れ替える発想さえ持てば、レシピは「覚えるもの」から「組み立てるもの」に変わります。
まとめ
- カレーはベース(マサラ)+主役の組み合わせ。土台は一つ、主役を入れ替えるだけで何でも作れる。
- 最初の主役は鶏がおすすめ。誰が作っても味が安定しやすい。豚・牛・ラムは部位と火入れで差が出やすい。
- 魚介は手に入る魚で代用OK。味の強い魚が合い、塩・レモンのマリネで身崩れを防ぐ。
- 野菜・豆だけでも主役になる。大根は煮崩れしにくく具に向く。豆は戻しと火入れに時間を見込む。
- 主役が変われば入れるタイミングも変わる。火が通りにくいものは早く、崩れやすいものは後で。
次に読む
- 4つの役割=色・香り・味・辛味 — ベースを支えるスパイスの考え方
- すべては順番 — 主役を入れるタイミングの土台になる「順番」
- 相性とペアリングの原則 — 主役とスパイスの組み合わせを考える
- 辛さ調整・子ども向け — 主役に合わせた辛さの決め方
- 失敗のリカバリー — 焦げ・煮崩れなど主役別の困りごとに

