第4部 ふかめる 4.18

グジャラート・西インドの食

アナンの故郷グジャラート。豆とベッサン、甘・酸・辛を一皿で響かせる菜食文化の宝庫。

グジャラート・西インドの食

「西インドの料理」と聞いて、何を思い浮かべますか。豆? 菜食? それとも海老カレー——実は、その全部が正解です。グジャラートを中心とする西インドは、「菜食の国」と「港町の魚食」という一見正反対のものが、同じ地図の上に重なって暮らしている土地。この記事では、アナンの故郷でもあるこの地域の食を、豆・菜食・港町・シードスパイスという4つの軸でほどいていきます。

グジャラートは西インドの「玄関口」

グジャラートはインドの北西、アラビア海に長く面した州です。海沿いに開けたこの土地は、昔から外の世界とインドが出会う玄関口でした。バラッツの解説でも、ここは「ポルトガルの人たちが最初に入ってきた場所」として語られます。香辛料を求めて海を渡ってきたヨーロッパの人々が、最初に足をつけたインド——その記憶が、グジャラートの食には織り込まれています。

そして同時に、ここはアナン(バラッツ家)のルーツでもあります。スーラットをはじめとするこの地に祖父の代の故郷があり、バラッツが「うちの田舎のグジャラート」と呼ぶ場所。だからこの記事で扱うのは、教科書の知識ではなく、家族の食卓を通して受け継がれてきた一次の記憶です。

「菜食の国」という土台

西インドの食を理解するとき、まず置いておきたい土台が菜食です。グジャラートはインドの中でも菜食人口がとりわけ多い地域で、人口のおよそ6割が菜食ともいわれます。さらに禁酒州でもあり、お酒を飲まない文化が根づいています。

なぜここまで菜食が強いのか。ひとつの背景は、ジャイナ教やヒンドゥー教といった宗教の影響、そして「神に捧げる料理」という考え方です。食べものを清らかに保ち、生きものを傷つけないという価値観が、長い時間をかけて家庭の食卓のかたちを決めてきました。マハトマ・ガンディーもこの地の出身で、非暴力(アヒンサー)と菜食は深いところでつながっています。

その結果、肉や魚に頼らずに満足感とおいしさを作る——という、独特の料理技術が発達しました。ここが西インドの食のいちばんの面白さです。

豆——4,000年以上続く主役

肉のかわりに食卓の中心を担うのがです。グジャラートの豆食文化は4,000〜5,000年も続くといわれ、ひよこ豆やムング豆(緑豆)といった豆が、たんぱく源として日々の食事を支えてきました。

なかでも特徴的なのが、豆そのものだけでなく豆の粉を使いこなすこと。ひよこ豆を挽いた粉をベッサン(besan)と呼び、これがグジャラート料理の万能選手になります。とろみづけにも、衣にも、生地にもなる。豆を粒で煮るだけでなく、粉に変えて料理の幅を一気に広げているのです。

港町の魚食——菜食と矛盾しない理由

ここで多くの人が驚くのが、「菜食の国」のはずのグジャラートに、魚を食べる文化がしっかりあることです。バラッツが繰り返し語るのが、ベラバル(ヴェラヴァル)という港町。

「ベジタリアンやお肉や魚をあまり食べない地域の、西インドのエビカレーのレシピ」——わざわざこう前置きするのは、菜食のイメージが強い西インドにも、海老カレーのような魚介料理が確かに存在するからです。

矛盾しているように見えて、実はそうではありません。海沿いと内陸で、食はくっきり分かれるのです。海に面した港町では、新鮮な魚介が日々の糧になる。一方、内陸の農村では豆と野菜が中心になる。同じ州の中に、まったく違う食の世界が同居している——これが西インドの地理がつくる多様性です。

ベラバルは歴史の街でもあります。すぐ近くには月の神に捧げられたソムナート寺院があり、その富ゆえに歴史上なんと21回も破壊されたと伝えられます。海の幸と信仰、交易と略奪——港町の食は、こうした歴史の層の上にのっています。

シードスパイスの名産地

西インドの食を語るうえで欠かせないのが、この土地がスパイスの一大産地であることです。グジャラートは農業大州で、とりわけコリアンダーやクミンといった「シード(種)スパイス」がよく穫れます。フェンネルやキャラウェイのような種のスパイスも含め、ここは文字どおりシードスパイスの名産地なのです。

産地であることは、料理の手ぐせにも表れます。バラッツによれば、マスタード・フェヌグリーク・クミンという組み合わせは「西インドでよく使われる」定番。タドカ(テンパリング)でこれらの種を油に弾けさせるところから、多くの料理が始まります。

身近な産物のもうひとつの顔が、コリアンダー&クミンのミックス。挽いたコリアンダーとクミンを合わせたこの配合は、西インド・グジャラートの家庭で日常的に愛されてきた、いわば「家の味」の素です。

「玉ねぎやにんにくを使わない西インドでは、ヒングをよく使う」——ジャイナ教の戒律などで根菜・球根を避ける家庭では、玉ねぎやにんにくの代わりにヒング(アサフェティダ)が旨味と香りの土台を担います。制約があるからこそ、別の素材を深く使いこなす知恵が育つ。これも産地文化の一面です。

種のスパイスは、口直しにも姿を変えます。食後に種のスパイスや砂糖菓子を少しつまんで口をさっぱりさせるムクワスの習慣は、シードスパイスが豊かに穫れるこの土地ならではのものです。

「ナシュタ文化」——簡素で、消化によく

西インドの家庭料理には、もうひとつ大切なキーワードがあります。ナシュタ(軽食・おやつ)の文化です。

グジャラートの料理は、しばしば「簡素で消化に良い」と表現されます。重く濃厚なものより、軽くてやさしく、毎日食べても飽きない——そんな料理が愛されてきました。ベッサンを使った蒸し物や揚げ物の数々は、その代表です。ひよこ豆粉の生地を薄く広げてくるりと巻いたカンドビー(KHANDVI)のような繊細な料理もあれば、ベッサンの衣でじゃがいもを揚げるアルーボンダのような素朴なコロッケもある。

こうした軽食を「愛のナシュタ」と呼ぶ感覚——手をかけて、家族のために小さなおやつをこしらえる文化が、西インドの食卓の温度を決めています。

4つの顔を地図で重ねる

ここまで見てきたものを、ひとつの地図の上に重ねてみましょう。グジャラート料理はおおまかに4つの地域に分けて捉えられます。

  1. カッチ(乾燥した内陸) ——豆の粉を使ったアチャール(漬物)など、保存性を意識した料理。
  2. 海沿いの港町 ——ベラバルに代表される魚介料理。海老カレーはここの顔。
  3. 南部の豊かな農村 ——スーラットやジャガディアのように、バナナ・豆・スパイスが穫れる肥沃な土地。スーラットは「美食の街」として知られ、乳製品文化も豊か。
  4. 都市の屋台・ナシュタ文化 ——「スーラットで食す」と言われるほどの屋台食、チャイ文化。

同じ「グジャラート料理」でも、内陸と海辺ではまるで違う。この地域差そのものが、西インドの食の正体です。

甘い乳製品とチャイ——食卓を締める

最後に、食卓を締めくくる甘さと飲みものに触れておきましょう。乳製品が豊かなこの地域では、シュリカンド(シュリカン)という、水切りヨーグルトに砂糖(ゴール=粗糖)を合わせたデザートが愛されます。一説には「持ち運ぶために作られた」とも言われ、保存と携帯を意識した先人の工夫がうかがえます。

飲みものでは、禁酒州だからこそチャイが日常の中心。スーラットの屋台のチャイ文化はよく知られ、グジャラートではレモングラスやミントといったハーブを加えるのも特徴です。お酒のない食卓を、甘いデザートとハーブの香るチャイが満たしている——それがこの土地の流儀です。

まとめ

  • グジャラートは西インドの玄関口であり、ヨーロッパとインドが最初に出会った海沿いの土地。アナン(バラッツ家)のルーツでもある。
  • 食の土台は菜食。人口の約6割が菜食の禁酒州で、宗教と「神に捧げる料理」の価値観が背景にある。
  • 肉のかわりの主役は。4,000年以上続く豆食文化で、ひよこ豆粉ベッサンを縦横に使いこなす。
  • 「菜食の国」でありながら、港町(ベラバル)には魚食がある。海沿いと内陸で食がくっきり分かれる。
  • ここはシードスパイス(コリアンダー・クミン)の名産地。玉ねぎ・にんにくを避ける家庭はヒングを多用する。
  • 簡素で消化によいナシュタ(軽食)文化と、シュリカンドやハーブ入りチャイが食卓を彩る。

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