鎌倉のケーキ屋さんとスパイス商が、お菓子づくりとスパイスの新しい関係を探る企画が始まります。
きっかけはPOMPON CAKESの立道嶺央さんが、雑貨と食品を扱う姉妹店をリニューアルした時のこと。
お店で販売するスパイスについて立道さんがスパイス商のメタ・バラッツさんに相談しました。
「もっとスパイスって日常的に使ってもいいよね」とか、
「興味はあるけど、いざ使うとなると難しいんだよね」とか。
もともと立道さんもスタッフの皆さんも、カレーやスパイスが好き。
バラッツさんにもっとスパイスの事や、インドのスイーツまで教えてもらったらいい学びになるのでは!と考え、この企画が生まれました。
さて、アナン株式会社のバラッツさんがスパイスの歴史や様々な使い方、種類を紹介し、それをPOMPON CAKESの立道さんがお菓子作りに応用すると、どんな新しいレシピが出来るのでしょうか。
また本連載の最後には、POMPON CAKESプロデュースのスパイスを使ったオリジナルレシピの公開と、出来上がったスイーツの販売も予定しています。是非お楽しみに!
第1話 インドの食事情とスパイスについて。
スイーツにスパイス?!
「え、スパイスを使ったスイーツやケーキって変じゃない?」と思うかもしれませんが、香りづけを目的としてスパイスをお菓子作りに使うことは珍しいことではありません。
しかし、世界中には100種類を超えるスパイスがあるにもかかわらず、お菓子作りに使われるスパイスの種類はそこまでバリエーションがありません。 一般的に思いつくのはシナモン、ジンジャーぐらいでしょうか。
インドでは料理でも、お菓子でも、数多くのスパイスを組み合わせて複雑な香りと味を作り出しています。まずはバラッツさんにインドの食文化とスパイスの使い方について聞きました。
立道嶺央
(株)POMPON&COMPANY ディレクター
1983年生まれ。大学では建築デザインを学ぶ。その後、2011年「街をリビングルーム化」をコンセプトに鎌倉の路上でオーガニックジャンキーなケーキの移動販売を始める。現在は鎌倉梶原にてPOMPON CAKES BLVD.とその姉妹店POMPON PANTRYを運営。
メタ・バラッツ
アナン株式会社
1984年、鎌倉生まれ。南インド・ニルギリの高校GSIS(Good Shephered Int’l School)を卒業し、スイス・ジュネーブのCollege du Lemanにてケンブリッジ大学のA Levelを獲得。その後、スペインに留学して経営学と料理を学び、帰国。アナン㈱にて新商品開発やネーミング・新規事業の改革等に携わりながら、北インド・グジャラート出身である父アナン・メタの元で、アーユルヴェーダを基にした料理を実践している。スパイスのオンラインストア「インターネット・オブ・スパイス」を運営。
古今東西インドの食とスイーツ事情
メタ・バラッツさん(以下、バラッツ)からPOMPON CAKES BLVDの主宰・立道嶺央さん(以下、立道)とスタッフの方々へ、スパイスの説明が始まります。
バラッツ:
皆さん、映画『ボヘミアン・ラプソディー』を見ましたか? 終盤、フレディ・マーキュリーの実家でお父さんがフレディの友人であるジム・ハットンに心を込めたおもてなしとして、お母さんの手作り菓子を勧める印象的なシーンがあります。
このように、昔からインドでは来客や親せきの集まり、お祝い事などで手作り菓子をふるまう文化があります。 お菓子はとてもインドの生活や慣習に根ざしたものなのです。
インドの国土は日本の8倍ぐらい。地域によって気候も文化も宗教も異なります。
そこで、まずは皆さんにインドの地域ごとの食事情についてお伝えしたいと思います。
超甘党!な西インド
バラッツ:
西インドは砂糖の生産量が多いことでも有名で、インドの中でもかなり「甘党」な人たちが住む地域です。
グラブジャムンと呼ばれるドーナツを砂糖水に浸したようなお菓子は、「世界一甘いお菓子」と呼ばれることもあります。
またイラン系インド人が多く住む地域なので、様々なナッツやフルーツが豊富に流通していることも特徴です。
立道:
たしかにインドってナッツとフルーツのイメージあります。
乳製品大好き!な東インド
バラッツ:
インドの東側のベンガル地方もスイーツが有名です。
この地域は酪農が盛んで、料理やお菓子に乳製品がとてもよく使われます。
例えばコア(Khoa)と呼ばれるミルクを煮詰めて作った濃縮乳や、牛乳や水牛乳で作った発酵バターを煮詰めたギーが良く使われます。
立道:
乳製品はうちでもよく使いますが、そういえばギーはほとんど使ったことないですね。
南北で異なる食材事情
バラッツ:
東西に続いて、南北の違いについてもお話しします。インドは南北で気候が全く異なるので、それに応じた食文化が発展してきているんです。
バラッツ:
インドというと灼熱の国のイメージがあるかと思いますが、実は北インドだと冬場は氷点下になることもあるんです。なので保存食の文化が発展してきましたし、チャパティやナンなどの小麦粉を主食としている事も特徴です。
一方南インドは、年中とにかく暑くて食材の保存環境が悪いので、すぐに食べきれる料理が多い印象です。またお米を主食としている地域でもあります。
このように一口にインドの料理やお菓子と言っても、東西南北によって料理や食材の使い方が全然違いますし、スパイスも各地域の食文化に合わせて独自の使われ方をしています。
お菓子によく使われるスパイスの話
バラッツ:
さて、ここからはインドでお菓子作りによく使われるスパイスについてお話ししたいと思います。今日は代表的な7種類のスパイスを持ってきました。
サフラン
バラッツ:
まずはサフランです。世界一高級なスパイスとされていて、おおよそ1gで1,000円ぐらいします。
紫色の花のめしべが原料となるので取れる量がとても少ないのです。 有名な料理、「ビリヤニ」にも使われることが多いですね。お湯や牛乳に入れ、黄色い色とこの香りを移して使います。
POMPON CAKESスタッフ:なんだろう?レーズンみたいな香りがします!
立道:
たしかに。レーズンと合わせても面白いかも。
ターメリック
バラッツ:
ターメリックとはウコンのことです。皆さんもあのウコンの力などでご存じなのではないでしょうか?
実は9割ぐらいのインド料理にはターメリックが使われているほどインドではとても大事なスパイスで、ターメリックの、「クルクミン」という成分がとても体に良いとされています。
肝臓の働きを助けたり、血液や体を抗酸化させる作用があると言われています。
このクルクミンは吸収されにくいのですが、ミルクに溶いたりブラックペッパーや乳製品と一緒に食べることで吸収されやすくなると言われています。
立道:
うん、カレー粉の中に感じる香りです。胡椒の香りと合いそうな気がします!
シナモン
バラッツ:
シナモンはスリランカ産が一番有名ですが、中国などでも作られています。インドではシナモンの仲間でカシアというものもあります。
しかしこのカシアは辛みが強いので、お菓子よりも料理作りに向いているかもしれません。シナモンは血流をよくしたり、集中力を上げてくれると言われています。
これは毛細血管を拡張する作用があるから、と言われています。
立道:
シナモンはよく使いますよ。シナモンもモノによって香りの尖り方が全然違いますよね。
ナツメグ
バラッツ:
ナツメグとナツメグの皮「メース」はインド料理によく使われます。日本ではハンバーグを作るときに、肉の臭みをとるスパイスとしてよく使われますね。
余談ですがナツメグはかなり大量に摂取すると気分が悪くなるスパイスなので、たまーに間違ってひと瓶食べてしまった人が病院に運ばれてニュースになったりもしています。
カルダモン
バラッツ:
カルダモンはその香りからスパイスの女王と呼ばれます。鼻に抜けるような爽やかな芳香が特徴です。料理にも使われますし、お菓子やチャイにもよく使われます。
カルダモンは南インドのマラバールというところが産地として有名で、水際に這うように育ちます。
POMPON CAKESスタッフ:
私、この香りが一番好きかもです。お花みたいな香りがします。
ジンジャー
バラッツ:
ずばり生姜です。これは日本でもお菓子によく使われるんじゃないかな。 乾燥させると体を温める効果がさらに高いと言われています。
カレーを作るときにも生の生姜をよく使いますが、スパイスとして使うときは乾燥させて粉末にしたものを使います。
クローブ
バラッツ:
和名では丁子(ちょうじ)ともいわれますが、その名の通り釘のような形をしたスパイスで、甘くかなり強い香りが特徴です。
クローブには麻酔効果があり、中世ヨーロッパでペストが流行った時には、薬になると言われ重宝されていました。しかし実際には予防効果はあっても治るわけではなかったようです。
立道:
それぞれスパイスに歴史と逸話があるんですね、面白い。
メタ・バラッツからのスパイスの講義を終えて
バラッツ:
みなさん、どのスパイスが好きでした?
スパイスをミックスさせるときは、自分が好きだと感じたスパイスを主役において、それがどうやったら際立つかを考えると組み立てやすいと思います。
たとえばインドではカルダモンとジンジャーをよくチャイに使いますが、ジンジャーはカルダモンの香りをさらに引き立てるための名脇役なんですね。カルダモンとシナモンのようにお互い強烈な香りだとこうはいきません。その場合はどちらかの分量を調整するか、別のスパイスを試してみるといいでしょう。
立道:
なるほど。スパイスをブレンドして使うのって難しそうに感じていたけれど、実際に香りを嗅いでみるとそれぞれ特徴が違うのが良くわかります。それぞれの香りを知ったうえで、最終的にどういう形にもっていきたいかイメージすることが大事なんですね。
編集部:
立道さん、今日のスパイス講義でケーキ作りのヒントになるところはありそうでしたか?
立道:
今日の話はお菓子作りにも十分生かせそうだと思いました。 紹介のあったスパイスの中では、ターメリックが割と好きな香りでしたね。
こんなにスパイスの話を聞ける機会は初めてだったし、今までの自分が知っていた世界と全く違う世界を知ることができて、インスピレーションが沸きました。
次回予告
今回はスパイスの講義が中心でした。次回はインドのお菓子を試食します。
続く第3回、第4回では、立道さんにはインドのお菓子をヒントにオリジナルスパイススイーツを作ってもらおうと思います。
第2回はこちらから。メタ・バラッツがインドの伝統菓子「ラドゥ」を作ります!