完全ガイド
ダール・豆カレー完全ガイド — インドの母の味を、毎日の食卓に
ダールは割った豆の名前であり、料理の名前。「煮る鍋」と「香りの鍋」の基本、五大ダールの性格、テンパリングの技法、全23品のレシピまで。インドの味噌汁ポジションの完全ガイドです。

ダールは、豆のカレーであり、その豆そのものの名前でもあります。インドの人々に「母の味」を尋ねたら、圧倒的に多い答えはダール料理だとバラッツは書いています。ご飯と味噌汁のように、チャパティとダール。インドの食卓のいちばん深いところにある、毎日の一杯です。
このページは、アナンのダール(豆カレー)に関するすべての入口です。店主のメタ・バラッツは月に一度のオンライン料理教室で豆の回を繰り返し開き、自宅では「豆部」まで主宰する豆の人。その実技と、全23品のレシピ、日本有数の品揃えの豆の棚(15種)を一枚の地図にまとめました。
ダールとは — 食材であり、料理であり、それ以上のもの
バラッツはnoteでこう書いています。
甘くすることも辛くすることも、クリーミーにすることもシンプルにすることもできる。作り手の世界が広がる、まさにキャンバスのようでもある。ダールは食材であり、料理でもある。そしてそれ以上である。
言葉としてのダールはサンスクリット語の「割る」に由来すると言われ、皮をむいて半分に割った豆のこと。そこから豆料理全般も指すようになりました。割ってあるおかげで、丸豆なら一晩かかる浸水が10〜30分で済みます。
- 豆には三つの形がある……丸豆(チャナ=ひよこ豆など)、ダール(割り豆)、ベサン(粉)。割れば早く煮え、挽けば衣やとろみになる。豆を食べ尽くすインドの知恵です。
- ポジションは味噌汁……ネパールの定食ダルバートは「ダル=豆、バート=ご飯」。まさに味噌汁ごはんです。南インドではサンバルが同じ席に座ります。
- 豆カレーは上達の近道……玉ねぎの炒め、ホールの香り、トマトとヨーグルトの火入れ。肉の旨味に頼れないぶん、基本の技術がそのまま味になります。豆カレーが美味しく作れるようになると、他のカレーも美味しくなる、というのがバラッツの持論です。
基本の作り方 — 「煮る鍋」と「香りの鍋」
ダールの骨格は鍋二つです。豆をやわらかく煮る鍋と、油にスパイスを弾かせる小さな鍋(テンパリング)。教科書は夏野菜とムングダールのカレーで、工程はその実写真です。
料理教室の実数はこうです。3種の割り豆(ムング・トゥール・チャナダール)なら浸水10〜20分、水700ccでグツグツしたら弱火。煮え加減の判定は時計ではなく指で、「指で押すと簡単に潰れる」までが合図です。水が減って豆が顔を出したらすぐ足す。そして煮汁は捨てず、アクも取りません。
豆のアクみたいなものっていうのが、インド料理の中で栄養価が高いって言われて、気になる方は取っていただいてもいいんですけど、別に取らなくてもそれが結局のところ旨味に変わっていくんですね。(バラッツ、料理教室の実況より)
味の原理はカレーと同じで、スパイスは香り、味は塩。物足りないときはスパイスではなくまず塩、味がバラバラなときは酸味です(料理教室ではタマリンドの代わりに梅干しを豆と一緒に煮ます。おばあさま直伝の代用で、23品中2品が実際に梅干し入り)。そして豆と付き合ううえで、いちばん大事な性質がこれです。
豆は大体ですね、想像以上に結構吸いたがりなので、そういう場合は水気の多いもの、ヨーグルトやトマトなどをちょっと入れる。ほっとけばほっとくでもっと吸い込みますので、早めに食べて。(バラッツ、料理教室の実況より)
テンパリング — 完成してから、香りをかける
ダールをダールたらしめる仕上げがテンパリング(インドではタルカとも)です。小さな鍋で油を熱し、マスタードシードを入れて、ポップコーンのような香ばしい香りとともにパチパチ弾けるまで待つ。赤唐辛子、にんにく、カレーリーフを追いかけさせて、煮上がった豆の鍋にジャッと注ぎます。シュワシュワ程度では香りが出ないこと、そして調理の途中ではなく完成してからかけることがコツで、不思議なことに、かけた後の味はむしろ角が取れてまろやかになります。
南インドには、ダール自体をテンパリングの主役にする技もあります。チャナダールやウラドダールを油で香ばしく弾かせて、レモンライスや副菜の「豆の香ばしさ担当」にする使い方で、噛むためではなく香りのための豆。ロースト豆はとろみ役にもなります。この原理はテンパリングの解説で詳しく読めます。
豆の選び方 — 五大ダールの性格
インドの台所で頻出する豆は5つ。性格で覚えると迷いません。
- ムング(緑豆)……煮るとトロトロに溶ける、いちばん優しい豆。日本人にはもやしの豆としてお馴染みです。迷ったらまずこれ。
- チャナ(ひよこ豆)……世界でいちばん食べられていると言われる豆。丸豆はホクホク、割ったチャナダールは煮ても形が残る、芯のある性格です。
- トゥール(キマメ)……煮ると独特の甘い香りが立つ、サンバルの本命。ムングやひよこ豆では出ない香りです。
- ウラド……黒い皮の中身は白、粘りがすごい豆。ドーサやワダの生地はこの粘りで作ります。
- マスール(レンズ豆)……早く煮えて手に入りやすい、頼れる代役。トゥールが無いときの代用にも。
とはいえ厳密になりすぎる必要はありません。「どんな豆でもいいです、本当に。レンズ豆でも緑豆でも大豆でも、何なら小豆でもいい」というのが料理教室の答え。ひよこ豆の缶詰も公認です(丸豆を夕方から戻すと食べられるのは深夜になるので)。時間がないときは割り豆を選ぶ、が構造的な正解で、圧力鍋がなくても困りません。
レシピ全23品 — ひよこ豆から、豆のおやつまで
アナンの豆カレーとその仲間は23品。census(材料表の実数)ではチャナ系が14品と主役です。
まずは定番 — ひよこ豆の王道





ダールのトロトロ系 — 割り豆の本領





南の風 — ココナッツとタマリンド





ひき肉と組む — 旨味の合わせ技
豆をおやつと副菜に





南の豆スープ、サンバルとラッサムも豆の料理です。春野菜のサンバルとラッサムから入ってください。
材料の設計図 — 23品の材料表を数えてみた
23品で実際に使われている材料を数えると、豆カレーの骨格が見えます。スパイスはターメリックとクミンが各17品の双璧で、コリアンダーが11品。ベースは北のトマト16品に対し、南の顔のココナッツが9品・タマリンドが3品・カレーリーフが5品。ヨーグルト9品、そしてバター・生クリームはダールマクニ系の3品だけの贅沢枠です。ヒングは4品ながら、肉を使わない豆カレーの「旨味担当」として料理教室でいちばん推されるスパイス。加熱すると独特の香りが旨味に変わる樹脂で、なければにんにくが同じ役割を果たします。






豆の物語 — 母の味、腕の見せどころ
鎌倉・佐助のカフェで料理教室のカレー48種を提供したとき、ひよこ豆のカレーを頼む人は「5、6人に1人くらい」でした。それでも豆カレーは腕の見せどころです。肉の旨味に頼れないぶん、玉ねぎ・ホールスパイス・トマトとヨーグルトの火入れという基本技術がそのまま出ます。豆カレーが美味しく作れる人は、何を作っても美味しい。
味の記憶の話をひとつ。バラッツの祖母は日本でタマリンドが手に入らず、梅干しと黒糖でダールカレーを作りました。その代用は今も料理教室の定番として生きています。豆の戻し方の実務は食材帖の豆・ダールで詳しく読めます。
最後に、地方の話。水分たっぷりの西インドのダールと、濃厚なダールマクニを誇る北インド。バラッツはこう書いています。「北インドの人は西インドの人を見つけては、泳げるようなダールを食べているとバカにする」。ちなみにそのダールマクニはバターチキンと同じ店で生まれたと言われる、トマトとクリームの同じ文法の料理。豆の世界はバターチキンカレー完全ガイドともつながっています。
よくある質問
- Q.ダールとはどんな料理?
- A.皮をむいて半分に割った豆のことで、そこから豆のカレーや煮込み全般も指します。インドでは味噌汁のような毎日の存在で、ご飯やチャパティと組み合わせるのが基本形です。
- Q.豆を戻す時間がありません。
- A.割り豆(ダール)を選べば浸水は10〜30分で済みます。ひよこ豆など丸豆は一晩必要ですが、缶詰を使うのも公認の近道です。
- Q.煮汁は捨てる?アクは取る?
- A.どちらもそのままで大丈夫です。煮汁は塩の入った豆のスープでそれ自体が旨味、アクも煮込むうちに旨味に変わります。
- Q.煮ているうちに水が無くなって固くなります。
- A.豆は想像以上に水を吸います。豆が顔を出したらすぐ足し、仕上がり後も吸い続けるので、ゆるめに仕上げて早めに食べるのがコツ。固くなったら水ではなくトマトかヨーグルトを足すと味がぼやけません。
- Q.圧力鍋は必要?
- A.割り豆なら不要です(浸水10〜30分+普通の鍋で煮えます)。丸豆をよく使うなら時短になります。
- Q.テンパリング(タルカ)とは?
- A.仕上げに熱い油でスパイスを弾かせて、完成した豆にかける技法です。インドではタルカやタドカとも呼ばれます。マスタードシードがパチパチと弾けて香ばしい香りが出るまで待つのがコツで、かけると香ばしさが加わり、味はまろやかにまとまります。
- Q.最初に買う豆はどれがいい?
- A.煮るとトロトロに溶けるムングダールが最初の一袋におすすめです。数種を少しずつ試すなら豆5、ミックスで煮るなら豆8やダール3という手もあります。
- Q.味がぼやけます。
- A.まず塩、次に酸味です。物足りないのはたいてい塩不足、味がバラバラなときは酸味(タマリンドやレモン、梅干しでも)が引き締めてくれます。










